2006年11月05日

スリランカの継続する混迷

 以前のエントリでも取り上げたスリランカの紛争であるが、ここ最近の状況悪化を受け、10/28に和平協議が開始された事が報道されていた。(参照1)しかしこの和平協議に関しては多くの失望を呼ぶ形で失敗したようだ。(参照2)地政学的リスクが増大する昨今の世界情勢では、このように長く続いている紛争に関しては関心が薄くなってしまったようだ。継続的に関与しているノルウェーや日本は良い仕事をしているのだろうが、しかし持続的な成果を挙げるには至っていないようだ。

 この問題に関しては、元より期待できない日本はともかく、米国でのマスコミの扱いもやや薄いように思われる。欧州諸国はやや取り上げていて、歴史的にこの地域に関与がある英国などでは、例えばBBCなどが忘れ去られないように報道を継続しているような印象がある。この報道では内戦に苦しむ国・地域の現状が示す典型のいくつがが示されているように思う。

 今回、スリランカ空軍が民間人を攻撃して犠牲者が発生した事件が問題となっている。(参照3)状況は日本人に理解しにくいが、少し前の同じくBBCの記事を読むと、この状況の背景が分かりやすいであろう。(参照4)一部引用する。

Some youngsters have been operating secretly and calling themselves the "people's force". They claim to operate independently but many suspect they have strong connections with the LTTE.

Members of this group suddenly pop up, carry out attacks on security forces and dissolve into the local population. This endangers the public because we bear the full brunt of any retaliation.

I am relieved to hear about peace talks. But it is not unusual in Sri Lankan politics to sign a peace deal on the one hand and authorise military activities on the other.


 この文章から、例えばイラクなどの現状を連想するのは難しくない。和平会談にはとにかく双方に当事者能力があり、かつ合意を遵守するという前提が必要である。ただ、構成員への規律は相当厳しくないと、民主主義国の軍隊でも虐待事件のような事は発生する。ましてこの種の内戦の当事者がどうであるかは議論の余地も無い。結果的にタミル人はLTTEの支配区域に集まるというような力学が発生する。

 1983年以降の、この内戦での犠牲者はおよそ65,000人と見なされている。人口がおよそ2千万人の国で一年あたり約3,000人の犠牲者という数字は決して少ないものではない。しかしこのような地域は世界にいくつもある。大きな力が外部から加わらないと、状況が固定化され悲劇が常態化するのであろう。その観点からすると、まずは分離を目指している向きのあるイスラエルの政策もそうそう非難できない。イラクで国家を分割できない理由にもなっている。単純に各地域で民族浄化が深刻化するだけだからだ。

 日本を含めた多くの民主主義国は、主権を預ける国家の単位が極めて大きいという状況に慣れ過ぎてしまったのかもしれない。中東でも比較的人口の少ない国がうまく統治している傾向がある。例えば欧州だと、中世〜近世のドイツ地域のように、公国レベルの単位で地域の統治が成立し、その後で統合の機運が高まり、国民国家が成立したという過程を経た地域がある。このような経緯を経るべきであった地域は世界に数多くあるのだが、多くの統合されない人々を抱えたまま、主権国家として成立すると問題を解決するのは難しくなる。主権国家システムがどちらかというと欧州的な文脈から発生していて、米国はむしろ主権に関する考え方は先進国としても特殊な部類であることを思えば、より文化的に距離が遠い国との相性が良くない事は推察できる。だからといって容易に解決策がないのも事実なのだが。せめて地方の部族的な統治単位を議会化するとか、軍事勢力を啓蒙的な組織として活用するというのが現実的なのであろうか。
posted by カワセミ at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央・南アジア

2006年10月24日

郵政民営化造反組の復党問題に思う

 補選に勝利を収めた自民党であるが、早速昨年の郵政民営化造反組の復党を検討する事態になっている。正直うんざりするのだが、この問題に関しての議論は時に奇妙な視点に立つような気もするのでエントリしてみたい。

 自民党はそもそも自由党と民主党の合併によって成立したという経緯もあり、政策的には広範な主張を抱えている。しかし、この政党自体が他の政党に対して接する際にはかなり一線を引いていたという側面がある。それは対(旧)社会党に対するそれが典型だが、ある種の蔑視感情とも取れるアウトサイダーへの対応だ。こういうと語弊があるが、同じ日本人というより外国人に対するようなものでなかったか。まともに踏み込んだ政策論議は少なかった。自民党それ自体が日本社会のそれを反映するようなコンセンサス社会となっていた。もちろん、そうなったのは旧社会党の非が大きい。

 20世紀末から昨年の9.11の衆院総選挙にかけては、それを打破しようという模索が続いた。政策により政党を選び投票するという、本来の政党政治の姿を多くの議員は思い描いていたに違いない。その意味で、その間の政党の離合集散はそれ自体が話題になることは多かったものの、大局的に見れば有権者への提示方法の模索と言う事も出来る。もっとも個々の政局の渦中にいた人々はそんな事を言っている余裕は無かったのだろうが。

 昨年の衆院選挙はどうだったろうか。それは長い民主主義の歴史を持つ国々から見れば非常に原始的な段階で、部分的には歪んだものであったけれども、小泉首相が主導する政治勢力と、守旧的な伝統主義勢力、同じく古色蒼然たるリベラル勢力の並立という、有権者の選択が意味を持つと実感できる形で実施された。これが昨年の衆院選が達成した歴史的意味である。そしてこの政治的選択という側面における今後の進化は、各政党が切磋琢磨する事による、活発で成熟した政党政治に発展することでしか無い。だからこそこの復党問題には潔癖に対処しなければならない。日本人が達成した僅かばかりの進歩を簡単に投げ捨てることになるからだ。

 米国を例に取ってみよう。例えば第一次ブッシュ政権でやや政治的立場が異なると言われたパウエル国務長官であるが、だからといって離党して上院か何かの選挙に出馬し、当選するなり落選するなりした後、共和党に復党することなど考えられるだろうか?それに比べれば日本の場合は政党というより選挙の互助会のようなものだ。そして多くの国民はそれに慣れ過ぎてしまった。これを改善するには何が必要だろう?国民一般の広い支持が政党を支え、一部の利益団体などの意向で政策があまりにその党の本来の位置から大きく動くことが無い安定性が必要なのだろう。

 その観点で今回の復党問題を考えてみたい。個人的には議論の余地すらないと思うのだが、それでも検討するとなれば一定の手順を踏む必要があるだろう。まず、自由民主党という政党にふさわしい政治的な立場を有しているかを、新人議員と同様改めて問う必要があるであろう。そして、特定選挙区だけでなく、もう少し広範な範囲の、国会議員だけでなく一般党員も含めた党としての合意が必要であろう。個人的には、総裁選での地方ブロック程度の範囲が適当ではないかと考えている。都道府県単位では時に視野が狭くなり、全国レベルとなると候補者の評価に細かく目が行き届かないし、地域の代表として世に出てくるという本来の理念から離れすぎると思うからだ。もちろん最終的に党総裁を含む執行部の容認は必要であろう。

 この機会に、こういうプロセスを党員投票で決定するというやり方を制度化してはどうだろうか。一定の年数が経過した後に一定の審査プロセスにより立場が決まるというものである。党の広範な構成員が明確に責任を負っており、そしてその中で最も重い責任を負っているのが執行部であるという原則は確立されなければならない。そして、それが原因となって他党との選挙に勝つのも負けるのもその政党の評価だと構成員が受け止める覚悟が必要である。

 現民主党が今少し国民の信頼を得ていれば、この種の動きは政治力学上自然と発生したかもしれない。このまま旧社会党のようにならない事を心から祈る。悪くすると今年が凋落の潮目だったとなりかねない。
posted by カワセミ at 23:10| Comment(1) | TrackBack(2) | 国内政治・日本外交

2006年10月22日

ソマリアの混乱とソマリランドの安定

 ソマリアは相変わらず混乱が続いている。以前にもエチオピアのソマリア派兵に関するエントリを記したが、このエチオピアの支援により首都から追い出されたソマリア政府が主要な都市を奪還した事が報じられている。(参照1)

 ここでエチオピアと長きに渡って対立しているエリトリアだが、ソマリアのイスラム勢力に対する武器援助の疑惑があり、米国と摩擦を起こしている事が報じられている。(参照2)エリトリアの独立の経過自体、反政府勢力がそのまま一国になり、一党独裁のまま独立しているというものであるから、その経緯が現在のソマリアとかぶるような印象はある。もちろんエリトリアは否定している。

 米国としてはイラクの混乱に目が行きがちだが、対テロ戦争という文脈で原理主義勢力の動向には継続的に関心が払われている。例えばこのヘラルドトリビューンの記事では、国境管理さえまともに期待できないという事実を冒頭に述べる形で記されているが(参照3)もちろんテロリストさえそうする事が出来ると言及することを忘れてはいない。「低強度民主主義」の問題は以前から指摘されているが、今はその問題を指摘する風潮が強くなっている時期でもある。

 そのような地域情勢の中でやや特異と言えるほど安定しているのが、国際的にはソマリアの一部と見なされているソマリランドである。この地域は旧英領ソマリであるが、言語や宗教ではソマリアの他地域と同一性が強いものの、氏族社会的な地域の現状から自治的な性向が従来から強い。そして彼らとしてみれば、この30年間のソマリアへの参加は失敗だったという意識のようだ。仏領ソマリがジブチになったのだから自分達もいいだろうというわけではないだろうが、今の時代ではタイミングも悪い。自国の混乱を恐れるアフリカ諸国は軒並み反対という情勢だ。

 そのソマリランドの現状に関しては米国務省サイトでもソマリアの項の中で特に注記されている。(参照4)まとまっているのでその部分を少し長いが引用しておく。

In 1991, a congress drawn from the inhabitants of the former Somaliland Protectorate declared withdrawal from the 1960 union with Somalia to form the self-declared Republic of Somaliland. Somaliland has not received international recognition, but has maintained a de jure separate status since that time. Its form of government is republican, with a bicameral legislature including an elected elders chamber and a house of representatives. The judiciary is independent, and various political parties exist. In line with the Somaliland Constitution, Vice President Dahir Riyale Kahin assumed the presidency following the death of former president Mohamed Ibrahim Egal in 2002. Kahin was elected President of Somaliland in elections determined to be free and fair by international observers in May 2003. Elections for the 84-member lower house of parliament took place on September 29, 2005 and were described as transparent and credible by international observers.

 民主主義がそれなりに機能している事から、好意的な記述が並んでいる。旧宗主国の英国でも感覚的には同じなのか、例えばBBCのサイトでも同様の記述である。(参照5)英国としてみれば、第二次大戦時にイタリアに圧勝したゆかりの地域でもあり、それなりに関心を呼ぶのかもしれない。このソマリランドに関しては公式のサイトもあるが(参照6)概略を見るにはWikipediaの記述が便利だろう。(参照7)

 ソマリランドの民主化の経緯は示唆的だ。旧来の伝統社会と近代的な民主主義が初期段階で摩擦を起こさないため、氏族社会の指導者層を二院制の議会の片方に移行させている。いわゆる貴族院的な発想だが、日本なども明治時代にそのような手法を取ったと言えなくもない。民主主義の歴史の古い国は初期段階に類似の方策を取り、その結果二院制が多いという面もあるのだろう。(もちろん成熟した民主国家で、政治的な意思決定を比較的簡素化できる人口の少ない国は一院制でも良いのだろう。北欧などはそうかもしれない)そして一度議会の形にして動かしだせば、議会政治の進展によって政治を成熟させる事は可能であるとも言えるのだろう。一度固定した政治体制は人間の行動を規定するという意味で、政治は力学だと言うと古典的に過ぎるだろうか。ただ同じ人間が政治の状況により全く違った行動を取るというのは間違いがない。もちろんそれが権力者であれば、その国の将来に大きな影響がある。

 このソマリランドのソマリアイスラム主義グループに対する立場は、領域を侵せばそれは敵になるというシンプルなものだが、この記事(参照8)で示唆されているように自らをタリバンに対する穏健な勢力と位置付けるのは、国際的な承認を取り付ける方法としても有効であろう。いずれ何らかの形で国際的な容認が徐々に進むのではないか。エリトリアとのバランスということもあろう。

(2006.11.15追記)
北方へ戦乱が拡大している模様。NY Timesの記事。これは相当まずい。
posted by カワセミ at 23:57| Comment(1) | TrackBack(2) | サハラ以南アフリカ

2006年10月10日

お詫び

 今やっと気がついたのでお知らせしておきます。

 先日のコメントスパム時に、復旧のため一度エントリを削除して再インポートしました。そのため各記事のURLが根こそぎ変わってしまいました。各記事の古いリンク先を貼っていただいている方は今飛ばなくなっている状態なので、申し訳ありませんが可能な範囲で更新をお願いします。右のサイト内検索などをご利用下さい。
posted by カワセミ at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき

北朝鮮の核実験と太陽政策の終わり

 北朝鮮が核実験を実施し、大きな問題になっている。もちろん世界の安全保障上の大問題であり、安保理での議論も進んでいるが、真の当事者は南北朝鮮であろう。そしてここ数日の報道では、韓国の太陽政策は終わり、国際的な制裁に加わる方向であるとされている。この事に関して触れてみたい。

 全ての国は自国の都合を中心に考えるのは外交の大前提であるが、それを頭で分かってはいても他国の立場になって考えるのはなかなか難しいものである。今回、北朝鮮は無茶なことをしたと思われているが、彼らの立場に立つとそう粗雑な計算でもない。彼らの行動の最優先事項は体制の維持であり、その次がそのための他国からの援助の引き出しである。そして米国は実際に核弾頭を有している国に対して攻撃した事は無い。これは北朝鮮に限らないのだが、自国は核武装でより安全になったと考えるものなのだ。
 そして、出来れば達成したい事としては、周辺の大国の影響力の排除と、「北主導での」朝鮮半島統一であろう。この双方に関しても核武装は絶対のカードとなる。前者に関しては言うまでも無い。後者に関しても、通常兵力で韓国に劣る北朝鮮が核兵器を持つことの意味は限りなく大きい。韓国を吸収できれば相当程度北朝鮮の経済は一息つける。そのためには韓国が米韓同盟を破棄して自国と排他的な関係を結ぶ事が必須である。「朝鮮半島の未来は当事者が決定する」という原則に国際社会が抗するのは難しいからだ。韓国には日本のような核アレルギーは無い。「民族の核」として歓迎する向きもある。だから北主導の統一も場合によってはいけるのではないかと考える。経済の分野では常に日本の後塵を拝することになる、しかし核武装した統一朝鮮には世界が一目置くだろうと囁くのだ。だから核武装は国際社会から批判されるという短期的なマイナスがあっても、最終的に引き合うのではないか。そのように北朝鮮が考えたとしても、それほどおかしな事ではない。

 ではその北朝鮮に対する韓国の立場はどうか?これも自国の都合という事を冷静に考える必要がある。以前のエントリでも少し書いたが、親北朝鮮勢力のみならず、保守的な勢力でも現状での朝鮮半島の統一は大きなコストを必要とし、韓国を苦境に陥る事は間違いないため、南主導の場合ですら統一は望んでいないというのが実態だろう。(もちろん、政治的スローガンとして取り下げることは出来ないが)しかし、南主導の場合ですら統一は嫌なのだから、北主導となるともっと嫌であるのは間違いないのである。そこの判断がブレることは今まで無かったように思われる。せいぜいが北の延命を望むといった所だろう。
 今まで日米の政治家が対北朝鮮政策で強硬な意見を出すたびにネガティブだったのはある意味当然だ。朝鮮半島問題の究極の解決策としての統一は、大きなコストを伴い真っ平御免だったからだ。しかし、戦時作戦権が返還され、米国が朝鮮半島の問題に関与しなくなるとなれば話は別である。北朝鮮の問題に自力で対処するとなると、北主導の統一という、さらに望まない未来があるかもしれないからだ。その意味で、核実験により米国が北に手を出せなくなるという読みは北朝鮮だけでなく韓国も懸念しているのかもしれない。北朝鮮がミサイルに核を搭載するのには数年かかるとされているが、今回の実験でミサイルに核搭載もなどとセンセーショナルな意見で危機を煽っているニュースが韓国筋から出ていたりする(参考)のはそういう背景を考えると筋も通る。

 以前、米韓同盟の行方に関して、簡単に崩壊はしないだろうと予想したエントリを記した。その一方で、今後危機があるとしたらその一つは戦時作戦統制権の返還問題ではないかというエントリも記した。今もこの考えは変わっていない。そして、北朝鮮の立場でもこのように考えるであろうとは言えるだろう。そこで2009年に統制権が返還されるのは確定であると米国は言明した。北朝鮮は、これを米韓が疎遠になっていくメッセージと解釈したのであろう。だが、果たしてそうであろうか。むしろ、2009年までは間違いなく継続する、そして返還されても米韓同盟は継続する、そこにポイントがあったのではないか。
 これをアチソン声明の現代版と言うのは言い過ぎであろうか?しかし、朝鮮戦争時冒頭、南進を韓国人は歓迎するだろうと予想した北朝鮮の読みは外れた。今回、太陽政策が間違いなく転換されるとなれば(まぁ、盧武鉉政権だし多少フラフラするとは思うが)まさに政治的に歴史が繰り返されていると言えなくも無い。確かに、韓国にしてみれば他の外国より同じ民族の隣国に肩入れしたくはなるだろう。しかし同じ民族の自国はそれより大事だという事で、当たり前の話なのかもしれない。

 つまり、北朝鮮はもう少し待つべきだったのだ。戦時統制作戦権が返還され、韓国のナショナリズムが高揚し、日本や米国との関係がより悪くなり、米韓同盟が解消されるまで。もっとも盧武鉉政権の時に瀬戸際政策を進めておきたいという誘惑もあったかもしれない。また待たせないための米国の経済制裁であったかもしれない。いずれにせよ、韓国に関する北朝鮮の読みは誤ったのであろう。そしてそれには、安全保障に対する考え方が違う(関連エントリ)というのも大きな背景になっているのであろう。恐らく韓国以上に米国のことを北朝鮮は読み間違うのであろう。

 また改めて確認しておくが、米国が武力行使に踏み切らないのは、中国と北朝鮮の関係もあるが、より大きな理由として、自国が被害に合う恐れがある日韓がそれを容認しないからだ。日本の立場は今後変化するかもしれないが、今まで公式には武力行使反対で首尾一貫していた事を忘れてはならない。現時点でもまだ変化してはいない。そして韓国に至ってはなおさらである。ソウルの被害は大きなものになるからだ。だから米国は同盟国への義務を果たすために攻撃しない。米韓同盟がある限り、場合によっては韓国が中立国になったとしても、武力行使には韓国の容認が必須であると考えるのが米国の政治文化なのだ。だから、米国が韓国の政策転換を待ち、然る後に強硬な路線を推進したと解釈するのも、あるいは米国がその機会を韓国に与えたと推察するのも、そう的外れではないのだ。この付近を未だ理解しない日本人は多い。
posted by カワセミ at 22:09| Comment(9) | TrackBack(8) | 北東・東南アジア

2006年10月07日

ロシアと近隣諸国の外交模様

 ロシアとグルジアの間で緊張が高まっているとの報道がある。(参照1)反露的とされているグルジアのサーカシビリ大統領の政権弱体化を狙っているとされている。元々グルジアはその面積や人口規模に見合わずソ連・ロシア史に多くの影響を残す人物を輩出しており(参考:Wikipedia)しばしばロシア人に感情的な対応をさせる背景ともなっている。グルジアが検討しているとされるNATO加盟などとんでもないという所であろうか。

 その一方でラブロフ外相のポーランド訪問が報じられており(参照2参照3)課題が山積しているものの、ロシアが関係修復の動きを見せているらしい。合わせて考えるとなかなか興味深い。

 グルジアと違ってロシアはポーランドのことを尊重していますよと言う意図があるかどうかはともかく、外交交渉の本命はこちらかなと思えなくも無い。これはこの付近の報道(参照4)を見るとロシア外交としてはNATOの拡大を防ぎたいというのがまずは第一の目的で、既に加盟してしまったポーランドの警戒感を減退させるのが総合的に見て得策と判断しているのかもしれない。ちなみにこのミサイル防衛システムのポーランド配備の件は以前のエントリでも挙げたように少し前から囁かれているものだが、米政府の公式見解としてはまだ正式なものは無いようだ。ポーランドの国内世論も反対のほうが強く、むしろ標的になる可能性の方を懸念している面もあるようだ。(参照5)そのためロシアとしては打診の余地ありと考えたのかもしれない。しかしこれは同じく報道されている石油パイプラインの件と外交上噛み合っていない印象もある。

 石油パイプラインの件ではこのニュースでの報道がやや興味を惹いた。(参照6)バルト諸国とポーランドをすべて迂回するという事で、関係諸国が反発している。

Fotyga on Thursday reiterated Poland's "negative position" regarding the project. Along with EU Baltic state partners Lithuania, Latvia and Estonia, Poland objects to the planned pipeline which bypasses all four states as posing a threat to their energy security.


 シュレーダーが悪かったと言っても始まらない。この計画の撤回をメルケル首相に打診して却下され、ドイツとポーランドの関係も怪しくなっているという話もある。マスコミはモロトフ=リッペントロップの再来とか大げさに騒いでいるが、まぁ分からなくも無い。東欧諸国の不信を招いた側面はあり、後から見ればドイツは政治的負担を背負うべきであったと結論づけられるのではないか。

Fotyga also said she had raised the issue of interrupted flow of Russian crude oil supplies to Lithuania's Mazeikiu Nafta oil refinery. Poland's leading PKN Orlen fuels giant is in the process of buying out Mazeikiu.


 この部分も微妙に面白い。ここはバルト諸国唯一の精製施設である。石油産業でポイントとなるのは原油そのものよりむしろ精製で、日本はあらゆる工業部門をほぼフルセットで持ち、とにかく生産設備だけは無駄にある。そのため例えばエネルギー問題だとタンカーで原油を引っ張ってくることだけしか意識に無い。そのためこの種の事情はなかなかピンと来ない。ちなみに近年の原油価格の高騰には、米国内の精製施設への投資不足も一因になっていたようだ。要は付加価値という事であるのだが。原油価格は上下するが付加価値は持続的に生み出すことが出来る。

 いずれにせよ、ロシアはあの手この手で自国の影響力確保を模索しているようだ。個別にはなかなか手強い交渉相手である。しかしパイプラインの件など見本だが長期に見ると不信を買って関与を薄くされてしまう。グルジアもうまくいっていない。今回の件はウクライナへの牽制の意図もあるがこれも不調の感がある。原油価格が下落するとかなり手詰まりになるのではないか。そうなるとかなり高値で買う客に甘くなりそうで、さて中国がどうかなとこれまた懸念されるが。
posted by カワセミ at 02:09| Comment(0) | TrackBack(1) | カナダ・欧州・ロシア

2006年09月29日

小泉政権の終わりに

 安倍氏が内閣総理大臣に就任し、組閣名簿が発表された。誰もが私と似たようなことを語っているので今更であるが、やはり節目でもあり、小泉政権の終わること自体感慨深いのでエントリしておこうと思う。

 内閣の顔ぶれに関しては、多くの人が述べているように補佐官が重要であろう。大臣は論功行賞とも言え、祭り上げるポストとしては悪くないのかもしれない。何しろいざという時には国務大臣である以上責任が無いとは言えないのだから。ただし外交関連だけは固めてある。これは、当面国内的な基盤作りに傾注するからであるとも解釈可能だろう。麻生氏と久間氏、小池氏に手堅い実務的な外交をやってもらい、国内的な人気を維持しながら安倍カラーを定着させるというところか。
 その意味でむしろ党三役がポイントであると言える。小泉首相は党と対立的であった。そして旧勢力はかなりの程度弱体化した。安倍首相はその大きな資産を受け継いだが、それが長期間続くとは限らず、恐らく今年中くらいに肝となる法案を通すなどの措置が必要だろう。そのための内閣と考えればなかなか良い人選ではないだろうか。松岡農相などには懸念の声もあるが、郵政民営化には最終的に賛成に回るなど、判断力に欠けるというわけでもない。概してこの内閣、政治的立場に意義があっても能力面では高いという人が多くは無いだろうか。ハイスペックで押し切ることが出来れば案外うまくいくかもしれない。

 それにしても小泉氏が首相でないというのは未だにピンと来ない。その一代前が森氏だったのだが、遠い昔の感もある。氏の歴史的評価はどのようになるだろうか?様々な意味で日本の政治史の分水嶺であったように思う。

 かつて田中角栄首相は就任時に高い人気を誇った。その後ロッキード事件で権威は失墜することとなったが、ある程度根強い国内的な人気はあっただろう。しかし今日では、中国のような専制政治の国との談合的外交を始めた政権として、別の側面からの低い評価が発生している。確かにこれはより重要な落度であったといえる。問題を先送りするというのは政治的判断として時に有効な場合もある。しかし問題の所在が隠蔽されてしまう場合はかなりの負債を後世に残す。もっとも中国の場合は、江沢民が反日であったというより、毛沢東が戦略的な決定をし、とう小平(注:文字化けのためひらがな表記)が合理主義的なリアリストであったというだけかもしれない。いずれにせよ、インターネットの発達などによるIT革命により日本の政策は持続可能なものではないという政治的状況はあった。

 ただ背景はそうだとしても、小泉首相の行動はどう解釈すればよいのだろうか。私は、国際的な摩擦を管理可能な範囲にコントロールしたという点で高い評価をしている。別の人物であればもう少し問題を先送りしたであろう。そしてより深刻な形で、いずれ問題は顕在化した。靖国参拝などが代表だが、中国に実質的にダメージを与えるような政策は取っていない事に注目するべきであろう。後半は押したり引いたりしながら距離感を図るという実務的作業に収斂していった。これはどちらかというと社会科学的なアプローチに近い。結果、最近の農産物や化粧品問題に見られるような、ある意味矮小的な摩擦に落とし込むことに成功している。この程度の事で相手方のガス抜きが出来ているとすれば上等もいいところではないだろうか。その業界はともかく、日本経済全体から見れば枝葉末節である。実際に政治家が口にしてはならないことだが。

 この中国との外交などが典型だが、内閣総理大臣に求められる資質で最も肝要なものの一つは、最も重要な問題は何かを提示し、課題として顕在化することであろう。政治的テーマとして設定する事に成功すれば、多くの知恵が自然と集まり、解決に向けて動くということは政治力学上あり得る話だ。郵政民営化などはある種のあぶり出しの道具と言えるかもしれないが、構造改革路線そのものは、直接の経済政策というより企業の自助努力というような課題の設定に重要な所がある。もちろん経済のマクロ政策が重要であったという結論にはなったかもしれない。だが、最終的な評価は、経済政策の枠組の設定がその後の日本の政策決定プロセスにどのような変化を与えたかという点で判断されるであろう。
 そして、この課題設定の見本となるのが北朝鮮問題であろう。率直に言うと、日本人の少なからぬ人々はこの問題を承知していた。ある人は隠蔽し、ある人は大した問題ではないと矮小化していた。特に日本人の政治意識として重要なのは後者だ。ある国の行動で数名程度の日本人の命運が変わったとしても、それでこの国が大きく動くことはないとの諦観を持っていた人は多くは無かったか。だがこれはある意味自然なことでもあった。なぜなら、世界の大半の国ではそれほど高度な安全保障を享受できていないからだ。紛争地域はもちろん、平穏と見える国でも国境地帯で人が死ぬのは茶飯事という所も多い。先進国に分類される平和で安定した国でもテロと無縁でもない。実際、今回の小泉首相ほど頑張る国はそれほど地球上に多くないだろう。多くても20かそこら、それですら、そこそこの大国で無いと何も出来なくなって時間が経つだけかもしれない。アメリカなど例外中の例外の国だろう。その状況下、高い目標を自国に設定したのは歴史の進歩と言える。実際、この種の拉致問題は世界中にあり、例えば旧ユーゴなどでは「日本のように我が政府も毅然と対応してくれれば・・・」という声もあるようだ。この、「日本人を低い基準に慣らさなかった」というのが、この問題における最も大きな功績ではなかったか。もちろん、自らその基準を選んだのは日本の普通の国民であった。自分がそうなると一大事だが、国民一般となるとある程度は仕方ないなどと言い出す、無責任な知識人や官僚ではなくて。

 しかしながら、歴史にifは禁物とはいえ、その発足当初に残念な思いがした記憶はまだ私に残っている。現実に可能不可能という議論があるとしても、やはりこの種のパラダイムの変化は政権交代でなされるべきだったろう。その意味で橋本氏が再度首相になっていて、小泉氏が離党し、民主党右派と連携して政権交代したらどうだったかと夢想することがある。それはたまたま良い人材に恵まれたという幸運ではなく、日本人がより良い未来を自ら選んだという意味で、民主主義の進歩として自信を付けることになったのではないだろうか。結局政治家が何とかしてくれるという意識はある程度残ってしまったかもしれない。もちろん、それは9.11の劇的な選挙である程度の補填がされた。だが政党が切磋琢磨するという余地はまた狭められた。もちろん、それをもって小泉氏を低く評価するのは筋違いだろう。しかし後世の歴史家は、場合によっては日本の民主主義の成熟を遅らせたと言うかもしれないのだ。もう1ループ同じことが半世紀、という可能性だってあるのだから。

 このように書けば嫌でも分かると思うが、民主党の現状は極めて深刻だ。なぜかというと、最近は同党への批判が薄くなっているからである。つまり国民の期待値が劇的に低下しているのだ。もちろん昨年の岡田代表は稚拙であったと言える。だが問題はむしろ敗北後の展開による。前原党首の辞任、小沢氏の前近代的なスタイルなど。選択するためのルールは既に変わったのだ。それでも来年の参院選ではそこそこ健闘するかもしれない。が、仮にそうであったとしても、それはせいぜい反自民の、政権選択ではない選挙の気楽さでしかない。

 特異な人物はたまにしか出てこないから特異なのである。そうでない平凡な人間がそこそこの働きを見せるためには、政党政治が活発な活動を見せる必要がある。議員の知的活動が低下したときに民主主義が怪しくなるのは世界共通である。小泉首相の退任は残念だが、我々にそれを政治的課題として顕在化して見せてくれたのが最後の業績なのかもしれない。もっとも、さすがにこれは贔屓し過ぎであろう。

追伸:文字化けがあるため修正しました。ご指摘有難うございます>finalvent様
posted by カワセミ at 02:08| Comment(5) | TrackBack(1) | 国内政治・日本外交