2007年07月12日

北朝鮮問題と米国と安倍政権

 雪斎殿もこちらのエントリで取り上げておられるが、今月の「中央公論」に掲載されたシーガル氏の「拉致敗戦」という記事は興味深いものである。これを機会に北朝鮮関連と安倍政権に関するエントリを書いておく。私の基本的な考え方は過去のエントリ(参照1参照2参照3)などを主としてしばしば書いてあり、それを変更する必要性は感じない。ただし、表層に現れた米国の行動は異なるので人により誤解をするかもしれず、色々補足する必要もあるかもしれない。

 このシーガル氏の記事には、要点以外に様々なキーとなる要素が埋め込まれている。要約は雪斎殿のエントリを参照していただければ良いが、その他注意すべき内容は以下のような所であろう。

・2005年9月の共同声明は米国が孤立した形でまとまった。当時の日本も賛成している。
・これに反発する米国内の政治勢力はブッシュ大統領が抑えた。
・小泉前首相は常に制裁に抵抗した。刀は持っても抜くべきではないと言った。
・現在のブッシュ大統領は交渉を試すことに肩入れしている。
・小泉前首相は常に取引する用意があると発言していたが、安倍首相の立場は維持するのが難しいのではないか。

 つまり、レジームチェンジは(日本を含む周辺国の反対で)出来ず、制裁も出来ないという状況下で、交渉を試す価値はあるというのがシーガル氏の言であるが、これは外交の現実としてごく当然な帰結ではないだろうか。先日のチャ氏のフォーサイトでのインタビュー内容とも整合が取れる。

 また、小泉前首相のやり方もこうまとめると奇妙に思える面もあるが、外交交渉で解決するという考え方自体は当初からブッシュ大統領と完全に一致している事に注意するべきであろう。前首相がマスコミとのインタビューで「外交以外の方法で・・・」と問われた時に、それは戦争を意味するのかというような激しい反論をしたのを覚えている人もいるのではないだろうか。もちろん、日本国内にそれを望む人もいる。しかし日本人の多数派は、北朝鮮が怪しからんと大いに憤慨してはいても、戦争するかとなると二の足を踏むのではないだろうか。言うまでもないが他国がそうしてくれるのを望むのは政治的堕落でしかない。

 ただし、シーガル氏の日本が孤立する可能性の言及に関しては、深刻な懸念ではあるがアドバイスという面も強いと思われる。なぜなら、日本と米国は、北朝鮮が民主的な国になって自国民の人権を守る国になれば、それに越したことはないという点で全く一致するからである。つまり、拉致問題を硬直的に言い続ける事が良くないのであり、その解決を目指して交渉すること自体は望ましいのではないだろうか。米国が拉致問題の解決条件は何かと日本側に確認したのは、この文脈で考えると良く分かるだろう。米国も一貫して核廃棄というテーマに向って様々な試行錯誤を繰り返して来て、望みがあるかもしれないという段階までは来た。日本も同じようにするべきだと考えているのであろう。自国と大きく価値観の違う相手と対話することを嫌がるのは日本の伝統的な欠点の一つだが、今回はそれが悪い形で出てしまったかもしれない。北朝鮮の現状は悪としても、悪との交渉でもしばしば「結果として」善を生み出す事もあると考えるべきなのだろう。

 ところでこのような状況は、日本側は分かっているはずなのであるが、連携が極めて悪いとしか思えない。どのような国内事情なのかは推測しても憶測でしかないのだが、とにかく気になる点は多い。まず久間前防衛大臣は周知の理由で米国とうまくいっておらず、防衛省ラインでの外交はさして機能してはいなかっただろう。そして官邸は秘書官と補佐官との折り合いが悪く、拉致問題専任の有能な担当まで置いたにもかかわらず首相との面会も難しいというような事が以前報じられていた。では外務省のラインがどうかとなるが、この問題は官邸が肝いりで進めているだけに機能させていないのではないか。実は麻生外相の指揮下ではそこそこ動けるはずなのだが、この付近の関係が良く見えない。ただ外遊先などを見るとあまりコミットしていないようにも見える。その一方で参院選の翌日にこのような予定も組まれており、思惑ありという可能性もあるが。

 ただ今の時期は米国と共に大きく事態を動かすことがやり辛く、先送りにするのはやむを得ないかもしれない。Hache氏のエントリが分かりやすいのだが、イラク問題で最後の手応えを試す天王山という状況ではないだろうか。この時期に防衛大臣が久間氏であったのは正直痛かったという気もする。また日本ではあまり報じられてないが、アフガンへの派遣兵力が不足しており、この時期にNATOとの連携強化を表明した日本への期待も高まっている。例えばカナダなどは相当厳しい負担をしており、死傷者もカナダのこれまでの活動では見られないくらいの多数に上っている。(参照4)その一方で日本はヘリ派遣の打診などを断っている。(参照5)これが米国を始め他のNATO諸国にどう映るかは言うまでもない。確かにNATOとはまだ話し合いを始めた段階ではあるのだが、イラクに行けるなら(もっとマシな)アフガンは当然いけるだろうというのが国際社会の認識である。サマワの特殊事情はあまり知られていないのだ。個人的には象徴的な役割に過ぎない小部隊でもいいから、最初の一歩として今少し何かを貢献するべきと思うのだが。

 結局の所、情報収集が甘く、対話が足りないと外交が機能しないという当り前の事実がまた繰り返されているだけかもしれない。私は安倍政権を個人的に支持しないが、個人の資質もさりながら、政治力学的にどうにも機能しなくなっている感がある。外交くらいはもう少し切り回せると思ってはいたが。

 参院選の結果はどうなるだろうか。直前まで分からないのが常とはいえ、過去の数字の結果は大局的に見るとそれなりに妥当な値を示しているように思える。自民党は年々低減傾向、衆院選より野党有利、モラル的な事に敏感に反応する傾向あり、だ。年金問題も不思議な言を示す論者が多い。破綻は前々から分かっていたことだから大した事ではないなどと。浮世離れも大概にしろである。国民は馬鹿ではなく、数字の厳しさは百も承知なのである。単にその少ない資金を丁寧に、誠実に扱って欲しかったというだけなのだ。これは政治的には極めて単純なモラルの問題として論じられているだけなのだ。

 9.11の際に米国の政治が様々に注目された。ただその中でアラブ専門家の池内氏が著作の中で「落とし前をつけたい」と口にする米国市民の反応に注目していたのはむしろ適切な視点だったろう。以前のエントリにも書いたように政治はその感情の誘導という面もある。長い犠牲に米国人が耐えているのは「自分たちが望んだ責任」を少なからず感じているからではないか。

 今の日本人も年金問題で落とし前をつけるために「八つ当たり」したいのであろう。小泉前首相はそれを「抵抗勢力」に回した。苦笑するしかないがその結果得られる政治の動きは有益な部分もあったかもしれない。安倍首相はそうはいかないので何らかの形で緩和するしかない。現政権が悪いわけではないのは周知の事実なので機敏に動けば悪い結果にはならないはずだったが、どうにもうまくいっていないようだ。このままでは国民の「八つ当たり」は選挙でそのまま示されそうである。だから参院選の議席数は39±2程度の予測としておく。どうも40を割りそうな気がして仕方がない。もっとも投票率次第であるが。
posted by カワセミ at 02:04| Comment(13) | TrackBack(2) | 北東・東南アジア

2007年07月02日

歴史認識問題への補足

 forrestal様、エントリでのリンク有難うございます。長くなったのでこちらもTBでコメント代わりのエントリとします。自分の過去のエントリへの補足も兼ねていますが。

 久間氏への発言にはまたかとげっそりしています。ちなみに軽く2chの関連スレを見物していましたが、そこですら前後の発言を踏まえて「学者や評論家ならそういう考え方も確かにあろうが防衛大臣の言としては不用意ではないか」と冷静な意見が多かったのに笑いました。もう言葉がないです。なお日米でこの問題への見解が違うのは当然でしょう。とっくにお読みとは思いますがこれをリンクしておきます。

 歴史認識に関しては、日本人は外国のマジョリティの状況を過剰に気にする傾向があるかと思います。民主主義である限り同じ国内でも多様な見解があり、外国を非難する前に国内ではどうなのかという話になります。例えば従軍慰安婦の決議は問題になりましたが、それでも日本の大手新聞社やテレビ局の多数派よりは冷静ではないでしょうか。まぁ、比較する先があまりに駄目だという話ではありますが。

 何より気になるのは、今回の日本人の(特に右派勢力の)反応の仕方です。昔からある日本人の古典的な性質や文化の反映ですが、やや視野が狭かったかなと思います。外国の歴史認識を気にするときは、どのような性質をもつ個人や組織から出されたものであるかを当たり前に認識し、反応を考えるべきではないでしょうか。例えば今回の米下院、これは山のようにあるどのような決議に対してもそうなのですが、内容のアカデミックな精密さというよりは、米国の大衆の倫理的な立場の表明と、外国がテーマになっているというのであれば、それは米国が注目・関与しているというメッセージであるということではないでしょうか。もし緻密さを求めるとすれば、決議自体の絶対数が今と比較して極めて少ない数となるでしょう。それが米国にとっても世界にとっても、良いことであるとは私には思えないのです。そして上院外交委員会や国務省、大統領にそれぞれ別の役割があり、それぞれに応じた反応の仕方があるというだけではないでしょうか。

 日本人は、例えば国連などでの活動では、緻密で手堅く、間違いがないことで知られています。ただ活動の総量が少なく、最終的なアウトプットの総合評価で良いとは言い難い面もあります。そしてその緻密な間違いの無さを求める潔癖さが裏目に出た典型例かと思います。だからこそ今回の米下院に対しては、まさにその核である米国の倫理的原則と外国に関与していることの表明に対して、日本がそれをどう評価しているかという事を外交的対応の中核とするべきだったと思うのです。その意味で安倍氏の「数ある中の一つ」発言には本当に失望しました。数あるもの全てが、例え一見つまらなく見えるものでもやはり大切なのですから。それを思うと原爆に関してはまだマシかもしれませんね。少なくとも未来に関しては大筋で一致しているのですから。
posted by カワセミ at 23:43| Comment(4) | TrackBack(2) | 国内政治・日本外交

2007年06月26日

論壇系雑誌からの推奨記事(2007.6)

 最近は雑誌で比較的良いと思った記事に巡り合うことが多かった。紹介しようとして手がついてなかったが、次号が発売される前に書き記しておく。

・論座
 この雑誌は最近面白い。朝日新聞社発行ということで全般としては左派的な論調が目立つのは変わらない。ただ強固な編集方針があるというわけでもなさそうで、個別にはかなり毛色の違うものが掲載されている。場合によっては全く相反する論が掲載されているくらいだ。もっともForeign Affairsの掲載自体がそもそもそうであったのだが。この7月号から2本を簡単に紹介。

「シリーズ 中国アップデート 3 郎咸平」
 香港中文大教授である郎氏にインタビューするという形で中国経済に関して述べている。中国が吸収したのはその多くが儲からない製造業で、安価な労働力と高い技術を結び付けようとする外資は、その多くがうまくいっていないとしている。問題は企業の考え方そのものであり、日本企業にも苦言を呈している。中国の物権法にも触れており、考えかたは良いが執行に問題があり悲観的に見ているようだ。官僚機構、司法制度など、中国の問題の大半は腐敗であるとしており、中国のみならず世界の主要企業にとってもこれがなくなることは利益になるであろうと述べている。

「国連分担金削減交渉の舞台裏」
 国連次席大使の神余隆博氏が寄稿している。昨年日本は分担金の削減交渉の結果19.468%から16.624%に低下し、米国以外の常任理事国P4の合計16.810%も下回った。この交渉経過が非常に興味深く記されている。争点はGNI(国民総所得)の統計で平均を取る「基礎期間」の長さ、常任理事国の最低分担率(Pフロア)と「日本が考え出した」低所得国でもそのGNI総額が大きい国は割引率を圧縮する複数割引係数提案、分担率上限(米国を念頭)を決めるシーリングが絡みあうものであったとしている。
 そして日本が譲れないのは基礎期間の部分で、この部分で異なるEUの案と日本案が対立、両者の争いが主要な軸となった。結局中国+G77の途上国グループは結束を保持したまま協力させることに成功し、シーリングで米国の不興も買ったEU案が孤立する経緯が記されている。結果として基礎期間以外の要素は捨て駒として使ったわけである。筆者は問題が色々残されていると謙遜しているが、ゼロサムゲームの外交で日本がこれだけの手腕を見せた例はあまりないように思われる。文章にも力があるのか非常に面白い読み物にもなっている。
 その一方で、例えば人権理事会などで日本とEUはかなり固く結束して行動しているわけであり、この例に漏れないがつくづくお金の話は別だなと思う。

・中央公論
 相変わらず手堅い記事が多い。これも7月号から。

「米国保守派、苦悩の時代へ」
 津田塾大教授の中山俊宏氏の寄稿。米国保守派の状況、レーガンのように分裂し対立してきた多くの保守派を糾合できる人物が今ほど望まれている時期はないと米国保守派の状況を解説。一方でイラク戦争はベトナム戦争時と同様、むしろ現実に反した政策に傾斜するという形で民主党に打撃を与えるのではないかという意見があることも紹介している。近年の米国の政治状況を理解する上で良い論説と思う。

・フォーサイト
 市販されておらず通販のみだが、相変わらず良質の記事が多いので購読を推薦する。

「北朝鮮をテストするために私たちは妥協し対話した」
 フォーサイト編集部からビクター・チャ氏へのインタビューの形を取っている。現在の米国の北朝鮮政策に大きな影響を与えたとされるNSCの日本・朝鮮部長であった氏に、最近のアメリカの政策転換の背景を聞いている。
 チャ氏によれば、転換はなく米国の真意は何も変わってないとのことである。2005年9月の共同声明後、北朝鮮が何も行動していないため、真意をテストする必要があり、そのために米国も一度は真剣さを示す必要がある、それが1月のベルリンの直接交渉であり、BDAの凍結解除であるということだ。つまり、今年2月13日の共同文書はそのテストで、送金が終わってもなお北朝鮮が単なる時間稼ぎをしていると判断されればそれは落第であると判断するようだ。次のステップとしては、国連決議1718に基づく制裁は今も有効であるし、今後は北朝鮮のみが問題であることが明確となるので五ヶ国の共同歩調が可能になるであろうとしている。
 BDAの口座凍結は予想以上に効果があり、それ以降巨額の偽ドル札事件は発生していない、また米財務省は北朝鮮当局に資金に関して様々な質問をし、その回答は「有益」なものであった、そうした意味でもBDA凍結の意義はあったという事らしい。
 最後にチャ氏は、学者として米日同盟の重要さは理解していても、政策を実行する現場にいると米国が日本を信頼していることを肌でひしひしと感じ取れた、と述べている。ある程度はリップサービスかもしれないが、そうであるなら多少安心出来るかもしれない。
posted by カワセミ at 23:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 世界情勢一般

2007年06月25日

修正された条約によるEUの前進

 以前のエントリでも取り上げたEUの憲法条約であるが、修正を加える形で各国の合意が得られる見通しとなったようだ。(参照1)修正された内容は多岐にわたるようだが、これもかねて報じられていたように、全体を簡素化して主権に関連する部分を抑えたものになるようだ。概要はこのあたりのニュースがよくまとまっている。(参照2/参照3)"

 元々内容的に憲法とは言い難く、"constitution"の語句を削除したのは適切なのだろう。またEUの大統領職は置かれるが外相ポストは無い。象徴的な部分は残すが実質の部分は(少なくとも現時点では)機能させずに、あくまで各国の主権を尊重するというところか。しかしその他理念的な部分の多くに手が加えられており、各国の微妙な世論に配慮した結果が伺える。そしてEUの多数決原理はより人口を反映した形に変化していくようであるが、やはりここは揉めるポイントになった。

 これも報じられていた話だが、この合意の直前でポーランドが歴史カードを切った。曰、「ナチスによる侵略がなければポーランドの人口は2倍はあった」という主張である。(参照4)6600万人というどう試算したか良く分からない数字も語っていたようだ。カチンスキ首相自らの発言であるだけに大きな反響を巻き起こした。いきなり高め玉の印象があるが、全く無茶な主張とも言えないのが問題を複雑にしている。駐日ポーランド大使館のページにちょうど記載があるのでリンクするが(参照5、ページのトップはこちらだがここ自体リニューアル中で、こちらに移行する模様)第二次世界大戦直後にポーランドの人口は大きく減少している。なお同国の犠牲者数は試算にもよるが600万人前後とされており、人口に対する犠牲者数では、日本も含めた主要な大戦関係国の中で間違いなくトップであろう。これを言われると基本的にドイツは黙るしかない。

 しかしこれにはEUの他の国の賛同は得られなかったようだ。まずデンマークのラスムッセン首相が反発したことが報じられている。相変わらず骨のあることである。こちらのニュース(参照6)などを見ると、北欧諸国が今回の合意を重視している様子が伺える。ポーランドとの関係が重要なバルト諸国などは微妙な立場だったかもしれない。

 結局、ドイツはポーランド抜きで採決しようとの強硬な立場を取ったようだ。そしてポーランドは結局折れた。しかしその一方で、合意結果に示されているように最終的にはポーランドに対して妥協している。そしてポーランドは感情的な外交で孤立したのかというとそうでもない。今回ポーランド支持に回るかもしれないと思われていたチェコは大きな動きを見せていないが、ポーランドとの役割分担はあったようだ。このあたりのニュースは興味深い。(参照7/参照8,広告後の音声に注意)ポーランドの立場強化に協力するが、合意が破棄される事は望んでいない。しかし交渉の矢面に立ったポーランドの支援には貢献したと自負しているというのは面白い。

 なお今回の交渉の主な勝者は英国と見られているようだ。(参照9)ブレア氏とサルコジ氏が親密な事は知られており、サルコジ氏が花道を用意したのかなとつい思ってしまう。ブレア氏をEU大統領職の候補に考えているようでもある。その一方で今回の交渉におけるドイツのリーダーシップに疑義を呈したりもしている事が報じられていた。サルコジ氏はポーランド排除など不可能な事だと思っているようだ。メルケル氏はうまくやったと言えるが、なかなか危ない状況でもあっらたしい。(参照10)

 今は欧州主要国のリーダーが変化している時期なので、距離感を探るような雰囲気もある。いずれにせよこの雰囲気では、正直EU拡大どころではあるまいなと思う。ただそれはそれで大事で、例えば対トルコとか、あまりに不誠実な外交を行うとやはり問題が持ち上がってくるのだが。
posted by カワセミ at 00:41| Comment(1) | TrackBack(0) | カナダ・欧州・ロシア

2007年06月09日

政治家に求められる清廉さとは

 Seasaa系のブログではフリーのテンプレートがかなり出回っているようだ。デザインは前からどうにかしようと思って手がついてなかったが、色々探してこれは比較的気に入ったのでしばらく続けようと思う。面倒がらずに自分で準備すればいいのだろうが。

 さて、政治と金の話は定期的に話題になるのだが、今回もHacheさんのエントリに反応する形で書いてみようと思う。

 松岡氏の事件は唐突で驚いた。美化してはならない話で、さすがに政界には色々な意味で自制が効いているようにも見えた。氏がどういう人であったかは私は詳しくないので、ただ残念であり、厳粛な態度で臨まねばならない悲劇であるというだけにとどめる。しかしこのタイミングで、一部であるが、有能だが黒い政治家を良しとするような論調がある事には違和感を覚えた。念のために確認しておくが、松岡氏個人がどうであったかはまた別の話である。

 一般論として、政治家は清廉であることが良しとされるし、日本人はそれを強く求める傾向にあるかもしれない。これは政治文化の一つで、議会政治家は所与の前提と考えねばならないだろう。そして世論の支持や議会の各議員に多数の支持を得ることで政治力を発揮するのが民主政治、議会政治の本質であることもまた論を待たない。つまり、倫理に関する議論を仮に保留するとしても、他の要件が同じ程度の能力であれば、清廉な人物のほうが多くの人の支持を得やすく、より大きな政治力を発揮し、良い結果を出しやすいのである。これ自体は当然の事であるが、この度合いが時期や状況によって変わるというのがこの問題の議論を複雑にしている原因の一つではないだろうか。そして経済の構造が変わり、多くの階層で経済的な損得の立場が複雑に入れ替わる流動的な時代では、それを主導する立場の政治家が清廉であることは強く求められるだろう。いずれにせよ、そうした事も含めて「総合的な有能さ」がどの程度であるかという、一つの尺度があるだけではないだろうか。

 その意味で、「有能で黒い」人物と「無能で白い」人物を比較するという問題提起がここではやや不適切であろう。評価軸は総合的に見たもので構わない。むしろ別の問いを発する事は出来るかも知れない。「有能な人物であることを前提に、その中で極力清廉な人物を選んでいく」のか、「清廉な人物である事を前提に、その中で極力有能な人物を選んでいく」のはどちらが効率的かという事である。この問いに答えるのは難しい。しかし成熟した民主国家であればあるほど後者でもより機能するとはいえよう。社会によって要求する最低限の清廉さというものは異なるが、そのベースを上げていくという事に注力するのが効率的かもしれない。なおここ10年強の日本は、一般の印象とは異なりこの作業は比較的進んでいる。昔なら見逃されていた水準の行為が違法化されている。数十年後にここしばらくの時期は比較的高く評価されるのではないかと思うのだが。

 さて、上記の「時期や状況によって変わる」点だが、ある政治家がどの地位につくかによって求められるものが異なる場合で典型的に示される。代表は首相職で、これは最も清廉であることが求められ、クリーンでないと世論に理解された時に大きく政治力を落とす。いくつかの大臣職もそうであろう。このあたりは分かりやすいが、例えば与党の党内職だと話が少々ややこしくなる。私見では少なくとも幹事長くらいはそうでないとうまくいかないと思うのだが、この地位を目指している多くの人物がそれを自覚しているとは思い難い。また世代によっても感覚は大きく違う。年齢を重ねた議会政治家が、数十年前の自分の経験をベースに行動することは多いが、ある時期に世の中の基準が変わってアウトになるというのも良くある。また日本人は変なところで慎み深いというか、金が必要だから集めると叫んで表で堂々と有権者に訴える人物も少ない。まぁ堂々としていればいいというわけではないが、透明性はやはり変化の激しい時代に重要な要件でもある。

 結局のところ、細かい状況の変化に対応できる柔軟さが議会政治家には必要だし、それはその時々の有権者の常識的な感覚を理解していれば破局は回避可能な水準ではないだろうか。結局国民に近い立場の議会政治家がどのような側面でもまともになる可能性が高いとは言えないだろうか。

 政治は奇麗なものではないかもしれないが、同時に奇麗に見せなければならないものである。少なくともそう見せようと努力している姿が見えなければ効率的に機能しない。これは民主政治の本質であるが、長い間国会議員をやっていてもそれを理解できていない人物はいるようだ。
posted by カワセミ at 03:42| Comment(6) | TrackBack(0) | 国内 時事一般

2007年06月08日

スウェーデンとフィンランドはNATOに加盟するか

 ロシアの対欧米外交が強硬なものになっている昨今だが、その影響は様々な所に出ている。ミサイル防衛の件もそうであるが、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟の噂が流れているようだ。もちろん両国とも公式なコメントは出していない。しかし水面下で様々な模索がされていることは間違いないだろう。

 言うまでもなく両国の事情は少々違う。歴史的にも中立政策を維持してきたスウェーデンとソ連・ロシアに気を遣わねばならなかったフィンランドでは選択肢も異なる。これまでの経緯としては、珍しく面白い内容が日本語のみで記されているWikipediaのものが参考になる。(参照1)ちょっと演出的過ぎるが北欧各国の立場を分かりやすく示している。どの国もそれぞれの事情で必死だったというわけだ。特にデンマークは実に興味深い外交大国なのだがここでは省略する。ちなみに米国は冷戦期に中立国にはかなり一線を引いて外交関係を結んでいたようだ。意外にも経済面での情報が遮断されていたらしい。確かにスイスやスウェーデンなど、中立国は経済が停滞していた印象はあるのだが。ノルウェーの一人当たりGDPが高すぎるのは別の理由としても。(今に至ってもEUに入らないはずである)

 ところで今回の噂は、5月にバルト海で実施されたNATOの演習が直接の契機である。これに関しては興味深いブログがあるので紹介させていただく。(参照2)またどういう事情か不明だが人民日報サイトではフィンランドの参加も明記されている。(参照3)その一方で一般的な民主主義国のメディアでこの件はひっかからないのが不思議だが。

 スウェーデンに関しては、上記ブログでも記載されているように安全保障に関する考え方が政党によって違う。今は以前のエントリでも記したように右派政権となっているが、こっそりと事実を積み上げて追認させる政治手法は日本とかぶる部分もある。自国単独での武器開発はとにかく高コストという事もあるだろう。近年の近代兵器の価格や技術水準を考慮するとそれだけでもNATOとの連携は必要だ。

 フィンランドとなると、軍事的リソースもそれなりに有するスウェーデンと比較してよりデリケートな対応が必要とされる。先日のエストニアへのロシアのサイバー攻撃も我々が思うよりフィンランドを刺激しているようだ。この両国はいずれもサンクトペテルブルクが至近距離にある事でロシア側が過敏に反応する傾向がある。そのため冷戦後の外交も注意深い。NATOへの加盟は表明せず、経済の繋がりという名目でEUに加盟している。しかしフィンランドはEUに安全保障に関する役割もあると考え、EU独自の動きとして陸軍6万人規模の緊急展開部隊(RRF)(参考:参照4)を創設するや、早速それには積極的に参加し、自国への受け入れも容認するとしている。というよりそれが目的であろう。なおRRFへの参加はスウェーデンも表明している。

 北欧諸国は小国が多いが政治的な稚拙さとは無縁なのでそれなりに切り抜けるのだろう。日本もNATOとの連携を模索しているようだが、これこのように相当の思惑が周辺で錯綜している組織に、日本やオーストラリアのように直球好きな国柄が参入するとかなりの迷惑を振りまくこともあるのだろうと思うが、どうだろうか。
posted by カワセミ at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダ・欧州・ロシア

2007年06月07日

父の思い出

 Hache氏のブログでかんべえさんに御不幸があった事を知った。私は御二方いずれにも直接の面識があるわけではないのですが、オンラインでは随分お世話になっているという感覚があります。タイミングも遅くなり、私がここでというのもいささか的外れかもしれませんが、心から弔意を示させていただきます。

 いずれ誰にも回ってくる事ではあるが、やはり肉親は健在であるに越したことはない。私も随分前に亡くなった父親の事を思い出した。ブログなのでたまには個人的な日記もよいであろう。

 父が亡くなったのは1985年だった。私も成人前であるし、若い頃にありがちな事として自分の志がうまく現実に反映されるわけでもなく、どうにもままならない日々であった。家庭の状況も病弱な父親を抱えて大変な日々だった。たまたまというか、かんべえ氏の著作にそのものずばり「1985年」がある。良書であるが、私はそのような個人的な事情から複雑な思いで読むことになった。当時の世間は随分繁栄していたようにみえる。その中で、なぜ私だけがと思っていたような日々だった。むしろその後の「失われた10年」に私の身辺はむしろ落ち着いた。まぁ、単に年をとったというだけの話でどうという事もない。しかしこの時期は、世間的にも停滞という形での奇妙な社会の相対的安定があったとは言えまいか。むしろ景気が回復してきている今のような時期に人の心にさざ波は起きていないだろうか。必ずしも自分がそうだったからというわけではないのだが。

 私の父親は、今となってはあまりいないかもしれない、怒ると怖い雷親父の典型だった。子供の頃は大層怖かったが、しかし今にして思えば、そうするべきだという教育方針の信念か何かの反映だったのだろう。事実私が年を取るに従って少しずつ手綱を緩めているフシもあった。

 父も若いころには志はあったようだ。歴史学者とか、そのような方面に進みたかったらしい。しかし体を壊して思うようにならぬ人生だったようだ。私が覚えている範囲でも寝込んでいる事が多かった。洋楽や小説、ニュースなどを見て過ごしていた。クラシックはあまり聞かなかったが、しかし私が最初に聞いたクラシック音楽は、この父が気まぐれで息子に与えたベートーヴェンの交響曲全集だった。人間こういうものを一度は聞いておかねばならないというような事を言っていた覚えがある。

 見ていたニュースの中でも政治や海外の話題などに興味を示す事が多かった。といっても、今と違ってインターネットも普及しておらず、特別な組織に所属していたわけでもないから情報の入手経路は限られていたはずだ。病床に伏していることが多く、せいぜい雑誌とテレビくらいしか目にしていなかったはずだ。英語も苦手だったので海外の論壇に詳しかったとも思えない。しかし不思議と判断は良かった気がする。

 似たような世代の人にはいささか実感があるかもしれないが、米ソ冷戦は極めて状況が固定的な印象があった。両国が核ミサイルを向け合っている事実は子供でも知っていた。究極の破壊力を前に、未来永劫この状況が続くような感覚を少なからぬ人が持っていたのではないだろうか。だが父はあっさりと「ソ連なんて、そもそも大した国ではないからそうそうやっていけるものではない。100年も保てば充分長いほうだろう」というだけであった。そんな簡単なものかなと当時は思っただけだったが。

 同じような時期、記憶もいささか怪しいが、恐らく第二次石油危機の頃であろうか。このままだとあと数十年で石油がなくなると世間で騒いでいたころだ。私はまだ小学生だったはずだが、知的に背伸びしたい時期ということで、色々な雑誌とか本の受け売りみたいな事を家族にやっていた。その時父はひらひらと手を振って、「そういう言は頭からそのまま受け取っても仕方が無い。もし本当に石油が数十年で地球から無くなるという事であるのなら、この程度の騒ぎ方であるはずがない。世界のあちこちで派手に戦争になっているに違いない。だから、油田など問題なく後から次々見つかるはずだ」と。当時は何となくむきになって反論したものだが、そのうち分かるとという感じに笑っているだけで相手にされなかった。奇妙に悔しかったが、その一方で大人の余裕を見せられたようで、それが本当なのかなと内心思っていた。

 もう少し長じてからは、いささか政治的傾向も分かるようになった。当時の社会党や共産党のような左派勢力を決して信用していなかった。大事なことは任せられないというのである。ただ国政はともかく、地方自治だと時にはいいかと言う事もあった。継続的に自民党支持だったので保守的に過ぎると当時は思ったものだ。しかし今にして思えば、河野洋平に肩入れしていたりとか、むしろ中道左派的な判断をしていたように思う。もっともこの件は後から失望する事になったのだろうが。同様に米カーター大統領も好んでいた。レーガン大統領誕生の際はいささか意外そうにしていた。ただ数年後に自分の判断は誤っていたというような事を言っていた。レーガンは優れた大統領であると一期目に判断していたようだ。

 病弱な割には妙に外出したがるので家族は困っていた。つくば博も無理に家族を連れて行ったが、自分は車椅子だった。ああいう科学イベントの雰囲気は好きだったようだ。夏の暑い時期に人でいっぱいでろくに入れなかったのもいい思い出だ。

 具合の悪い日々が続いていたが、それが何年もとなると人間はそれに慣れてしまう。癌などであればともかく、何と無くそのまま保つような印象を家族は感じるものだ。だから亡くなるのも唐突だった印象がある。50歳を超えて間もない年齢というのは、今の基準だといかにも早い。命日が文化の日というのも親父らしいと思った。

 同じ年、ゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長に就任する。その後の歴史は誰もが知っている通りである。親父は一番面白い所を見損ねた形になった、最後まで運に恵まれなかったな、数年後にそう思う事になった。

 上に書いたような会話は指で数えるほどしかなかったが、年齢を重ねるにつれ、それを残念に思うようになる。もっと話をしておけば良かったと。そして今も、エントリを書くたびに父ならどう考えるかとふと思うことがある。あっさりと、しかし物事の本質を的確に指摘してくれるような、そんな気がするのだ。
posted by カワセミ at 00:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき