朝鮮日報の記事が比較的うまくまとめており、概観するには参考になるだろう。(参照1/参照2)かなり広範な要素を含むFTAであることが分かる。韓国には確かに農業問題などの政治的に困難な部分があるだろう。しかし全体としては有利なものであることは間違いない。それでは米国の立場はどのようなものであるのか。
USTRは経済規模の大きなFTAの妥結であることを強調している。(参照3)しかしこのFTAの興味深い点は経済効果だけでなく考え方にあるように思う。PDFでやや詳細に各項目に関して言及しているが、農業分野、製造業分野もさりながら、それ以外の項目に関して興味を惹かれる。(参照4)P3の法的枠組に関して記述された部分などはそうであろう。一部引用する。
Important New Protections for U.S. Investors
. Establishes a stable legal framework for U.S. investors operating in Korea. All forms of investment will be protected under the agreement, including enterprises, debt, concessions and similar contracts, and intellectual property. With very few exceptions, U.S. investors will be treated as well as Korean investors (or investors of any other country) in the establishment, acquisition, and operation of investments in Korea.
. Pursuant to the Trade Promotion Authority (TPA) statute, the agreement draws from U.S. legal principles and practices to provide U.S. investors in Korea with substantive and procedural protections that foreign investors currently enjoy under the U.S. legal system. These include due process protections and the right to receive fair market value for property in the event of an expropriation.
. The investor protections are backed by a transparent, binding international arbitration mechanism, under which investors may, at their own initiative, bring claims against a government for an alleged breach of the chapter. Submissions to investor-state arbitral tribunals will be made public, and hearings will generally be open to the public. Tribunals will also be authorized to accept amicus submissions from non-disputing parties.
また、その直後の韓国市場に対する記述の部分も引用する。
An Open and Competitive Telecommunications Market
. The agreement includes a commitment by Korea to permit U.S. companies to own up to 100 percent of an operation in Korea.
. It also ensures U.S. operators cost-based access to the services and facilities of dominant Korean phone companies, including their submarine cable stations, facilitating U.S. companies’ ability to build competing networks to serve customers in Korea.
. The FTA also includes groundbreaking safeguards on restrictions that regulators can impose on operators’ technology choice, particularly in wireless technologies, where U.S. service and equipment suppliers have strong competitive advantages.
これらの部分だけが重要というわけではなく、象徴的な部分であると考えて欲しい。一方に、まだ産業社会として成熟していない国に対する啓蒙というような、大局的に見れば恩恵を与える部分があり、他方に自国の競争力の強い産業に関して自由化を求める実利の追求がある。これは米国の伝統的な政策であることは言うまでもない。
しかし、弁護士やコンサルタントといった司法サービス、デリバリーサービスなどの流通関連、医療や製薬、通信事業とこの文書で記されているものを列挙すると、日本においてはどれ一つとっても政治的なハードルがとてつもなく高い事が分かるであろう。中でも免許系とでもいうような産業に関しては日本の競争力は低く政治力も強い。これは韓国でも事情は似ているが、行政府は大統領制であるというのと、必ずしも国内だけで完結している産業が少ないという事情もある。
今回の米韓FTAでは韓国国内の保守層が歓迎している。しかしこれは、逆説的だが左派勢力だから成立したという側面もある。左派勢力の反米は多分に情緒的で、政治上の利害関係はむしろ右派勢力が多く有している。つまり行政府のトップが決断すればむしろ政治的障害は少ない。そして今回のFTAは、内容を見ればそれなりの合理性があり、双方に利益があるものだ。交渉過程での高め玉発言はいくらでもあることである。
開城工業団地の問題は先送りされたような印象がある。しかしここで韓国側の立場として示された「市場で利益を上げることの重要さを北朝鮮に理解させることが重要」という発言は、そう非常識なものではない。実際米国は冷戦期に旧東側に対して同じような手法で風穴を空けていった。米国の成功体験に絡めるような交渉をしたのではないか。もちろん現状では慎重に管理されている項目ではあるが、例えば麻薬や偽札問題を緩和させるための取引に使うとかもあるだろうし、将来の統一朝鮮の初期段階での安定化方策の一つとして温存するという面もある。もちろん短期的な北朝鮮への経済制裁にはマイナスであるが、どちらにせよ効かないのであれば管理可能な範囲としておくという考え方もある。むしろ直接北朝鮮の国民の口に入るルートを作るというのが米国の伝統的な考え方だと思うがどうだろうか。
いずれにせよ、既に成熟した経済を有している日本はこれほど身軽ではない。以前のエントリで挙げた租税条約のような手は打っているのだが政治的障害が実態以上に強すぎる。EUとなれば日本に加えて域内での合意形成が大変で、大規模なFTAはさらに難しいはずなのに交渉を進めている。総論はともかく各論となるとマイナス面を過剰に報道するマスコミにも責任があるが、短期的な混乱を嫌い過ぎる文化的な側面が強いのだろう。