2007年04月09日

米韓FTAへの所感

 米国と韓国がFTAを締結することで合意したと報道されている。今まで交渉の難航がしばしば伝えられており、悲観視されていたものが一転合意となったことから話題となっている。コメや自動車が大きな争点として取り上げられていたが、FTAの内容は全体としてどのようなものであるのだろうか。

 朝鮮日報の記事が比較的うまくまとめており、概観するには参考になるだろう。(参照1参照2)かなり広範な要素を含むFTAであることが分かる。韓国には確かに農業問題などの政治的に困難な部分があるだろう。しかし全体としては有利なものであることは間違いない。それでは米国の立場はどのようなものであるのか。

 USTRは経済規模の大きなFTAの妥結であることを強調している。(参照3)しかしこのFTAの興味深い点は経済効果だけでなく考え方にあるように思う。PDFでやや詳細に各項目に関して言及しているが、農業分野、製造業分野もさりながら、それ以外の項目に関して興味を惹かれる。(参照4)P3の法的枠組に関して記述された部分などはそうであろう。一部引用する。

Important New Protections for U.S. Investors

. Establishes a stable legal framework for U.S. investors operating in Korea. All forms of investment will be protected under the agreement, including enterprises, debt, concessions and similar contracts, and intellectual property. With very few exceptions, U.S. investors will be treated as well as Korean investors (or investors of any other country) in the establishment, acquisition, and operation of investments in Korea.

. Pursuant to the Trade Promotion Authority (TPA) statute, the agreement draws from U.S. legal principles and practices to provide U.S. investors in Korea with substantive and procedural protections that foreign investors currently enjoy under the U.S. legal system. These include due process protections and the right to receive fair market value for property in the event of an expropriation.

. The investor protections are backed by a transparent, binding international arbitration mechanism, under which investors may, at their own initiative, bring claims against a government for an alleged breach of the chapter. Submissions to investor-state arbitral tribunals will be made public, and hearings will generally be open to the public. Tribunals will also be authorized to accept amicus submissions from non-disputing parties.


 また、その直後の韓国市場に対する記述の部分も引用する。

An Open and Competitive Telecommunications Market

. The agreement includes a commitment by Korea to permit U.S. companies to own up to 100 percent of an operation in Korea.

. It also ensures U.S. operators cost-based access to the services and facilities of dominant Korean phone companies, including their submarine cable stations, facilitating U.S. companies’ ability to build competing networks to serve customers in Korea.

. The FTA also includes groundbreaking safeguards on restrictions that regulators can impose on operators’ technology choice, particularly in wireless technologies, where U.S. service and equipment suppliers have strong competitive advantages.


 これらの部分だけが重要というわけではなく、象徴的な部分であると考えて欲しい。一方に、まだ産業社会として成熟していない国に対する啓蒙というような、大局的に見れば恩恵を与える部分があり、他方に自国の競争力の強い産業に関して自由化を求める実利の追求がある。これは米国の伝統的な政策であることは言うまでもない。

 しかし、弁護士やコンサルタントといった司法サービス、デリバリーサービスなどの流通関連、医療や製薬、通信事業とこの文書で記されているものを列挙すると、日本においてはどれ一つとっても政治的なハードルがとてつもなく高い事が分かるであろう。中でも免許系とでもいうような産業に関しては日本の競争力は低く政治力も強い。これは韓国でも事情は似ているが、行政府は大統領制であるというのと、必ずしも国内だけで完結している産業が少ないという事情もある。

 今回の米韓FTAでは韓国国内の保守層が歓迎している。しかしこれは、逆説的だが左派勢力だから成立したという側面もある。左派勢力の反米は多分に情緒的で、政治上の利害関係はむしろ右派勢力が多く有している。つまり行政府のトップが決断すればむしろ政治的障害は少ない。そして今回のFTAは、内容を見ればそれなりの合理性があり、双方に利益があるものだ。交渉過程での高め玉発言はいくらでもあることである。

 開城工業団地の問題は先送りされたような印象がある。しかしここで韓国側の立場として示された「市場で利益を上げることの重要さを北朝鮮に理解させることが重要」という発言は、そう非常識なものではない。実際米国は冷戦期に旧東側に対して同じような手法で風穴を空けていった。米国の成功体験に絡めるような交渉をしたのではないか。もちろん現状では慎重に管理されている項目ではあるが、例えば麻薬や偽札問題を緩和させるための取引に使うとかもあるだろうし、将来の統一朝鮮の初期段階での安定化方策の一つとして温存するという面もある。もちろん短期的な北朝鮮への経済制裁にはマイナスであるが、どちらにせよ効かないのであれば管理可能な範囲としておくという考え方もある。むしろ直接北朝鮮の国民の口に入るルートを作るというのが米国の伝統的な考え方だと思うがどうだろうか。

 いずれにせよ、既に成熟した経済を有している日本はこれほど身軽ではない。以前のエントリで挙げた租税条約のような手は打っているのだが政治的障害が実態以上に強すぎる。EUとなれば日本に加えて域内での合意形成が大変で、大規模なFTAはさらに難しいはずなのに交渉を進めている。総論はともかく各論となるとマイナス面を過剰に報道するマスコミにも責任があるが、短期的な混乱を嫌い過ぎる文化的な側面が強いのだろう。
posted by カワセミ at 00:29| Comment(5) | TrackBack(0) | 経済一般

2006年04月09日

日米新租税条約に見るビジネスと政治

 日米間FTAは検討を始めても良い課題だと思う。どっちにしろ時間がかかる話であるし、問題点を詰めるだけでも大変な手間だからだ。ただ農業部門が伝統的に問題になるので大変、などと思って調べていたら、日米租税条約が近年改定されているのに気がついた。何てことだ、こんな重要なことを今まで気付かなかったとは迂闊。

 内容は財務省発表の文章、及びそこからのリンクで確認できる。元々租税条約は、二重課税の防止によるビジネスの円滑化などを目的としているもので、日本や米国など、世界の多くの経済先進国はこの種の条約をそれぞれ各国と結んでいる。今回のミソは、配当所得の軽減もさりながら、利子所得の源泉国免税が大きい。そして上記リンクページでさらっと1行だけで書かれている「使用料」の免除が大きなトピックかなと思っている。要は特許や著作権に関する内容だ。本文十二条に記載がある。

 この条約のインパクトはかなり大きい。日本国内で多くの米国企業が円滑にビジネスを進めることが出来る。英国とも同様の条約を結んでいるらしいし、恐らく他の経済先進国とも進めるのであろう。日本の近年のベンチャー企業育成などの試み、各種IT起業などのビジネス経緯などを考えると分かると思うが、日本企業自体が多くの起業で出現し、雇用や収益、納税を発生させるのが理想ではあっても、どうもこの国は経済界のリーダー層が新しい経営者に冷たく、なかなかうまくいかない傾向が強い。しかしながら、外国で実績ある企業となれば、それが一流のブランドであったりすると割と受け入れられやすいものだ。免税措置を取ったとしても、そこでビジネスを展開する限りにおいては、一定の雇用や需要は発生し、消費税などは当然納めることになる。近年は中国進出に懐疑的になっている欧州企業も多く(米国は概して最初から懐疑的だ。さっさと足抜け出来る企業ばかり進出している気がする)「法の整備」に加えて税率の優遇で知的活動中心のビジネスはこっちでやってもらおうとしているのではないか。

 少し前の、まぁ今も一部の日本人は、外国企業の進出を乗っ取りだ何だと嫌がる人が多い。しかし、現代の先進国の経済で筆頭級の課題はやはり雇用であり、需要が必要とされているということであろう。その意味でこの種の試みは全く持って正道である。

 また書いている通りであるが、条約の濫用を防ぐために規定も随分細かく記されている。よほど周辺国に首を突っ込まれるのが嫌なのだろうなと苦笑した。第五条など、「ペーパーカンパニーは駄目よ」とすんなり書いておけばいいだろと思ってしまう。それにわざわざ石油や天然ガスと記載しているのも面白い。有利になってるので米国の石油メジャーさん東シナ海で掘ってね、というわけではないとは思うが。(あそこは採算自体は取れないだろうし)何か今後有望な話でもあるのかもしれない。深読みしすぎかもしれないが。

 いずれにせよ、日本の伝統的な「目立たずうまくやっている」外交の典型だと思う。この種の国際的な話し合いで不利になると大声で騒ぎ、米国あたりに「日本は被害者面するのが昔から実にうまい」と揶揄されたりするのだが、そんな事言ってたらEUの一国などどうなるのだろう。今回は米国内でのビジネスが楽になったので、米国で稼いだドルも再投資しやすくなるだろう。何と言うか、うまく食いつなげそうだ。
posted by カワセミ at 23:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 経済一般

2005年07月26日

中国人民元の為替政策に思う

 切り上げが話題になっている中国の人民元だが、どうも私は通貨バスケット制の意味を近代的に解釈しすぎていたらしい。どのような比率にするか公開しないだろうという話が報じられている。これを聴いた時しまったと思った。普通の経済先進国と中国とは違う、その事を百も承知でいたはずなのだが、妙な先入観からは脱することが出来てなかったようだ。しかし完全に政治的に管理するつもりらしいが、持続可能な政策とでも考えているのだろうか。頭を抱え込んだ。いや私が抱え込んでも仕方が無いのだが。

 短期的な経済の影響だが、このChicago Tribuneの記事がシンプルにまとめていて無難だろう。(参照、要登録)一部引用する。

Investors were buying the dollar because the Chinese authorities have kept the yuan in a very narrow range near the new rate of 8.11 to the dollar since Beijing's decision last Thursday to scrap the dollar peg, dealers said. That suggested that Beijing doesn't plan to revalue the yuan again anytime soon -- or let the yuan appreciate quickly.


 上記の通貨を管理する意図は早い段階で市場に察知されたということらしい。ただ中国当局の表現は綱渡り的な慎重さも感じる。そして書かれているように円などは安く推移するだろう。こちらのぐっちーさんの見解も、まず外れることも無さそうに思う。

 ただ、長期的に見れば悪くないという見方もある。このLos Angels Timesの記事も、中国に好意的過ぎるが端的に状況をまとめていて面白い。(参照、要登録)一部引用する。

China is South Korea's top trading partner, accounting for about one-third of South Korea's exports. Even before the yuan appreciated last week, Chinese imports had begun to slip as Beijing's efforts to keep China's economy from expanding too fast led to reduced factory orders for machinery and equipment from neighboring countries.


 結果から見てそう見えるだけなのだろうが、韓国へのしわ寄せというのは意図としてはあったかもしれないと感じた。台湾と日本も否定的に表現されているが、実際の状況としては全体状況としてなら日本はそれほどひどくもないだろうとは思う。もちろん個別の企業はまた別だが。

For some labor-intensive industries, even another small increase in the yuan could be enough to spur investors to shift manufacturing from China to nearby countries. China's rising labor costs, power shortages and trade quotas from the West have pushed some foreign investors to set up shop in Vietnam and Indonesia.
If the yuan appreciates an additional 4% or more to the U.S. dollar, "then it will have considerable effects" in encouraging buyers to transfer to Vietnam, said Duan Weijiang at the China section of the Vietnam Chamber of Commerce and Industry in Hanoi.
The competitive threat from places such as Vietnam already has pushed Chinese industries to try moving to higher-value goods or boosting their productivity.


 世間的に思われているのと違って、確かに中国が容認する為替レートに余裕は無いだろう。ベトナムの急追は最近良く報じられている。日本だとホンダやキャノンあたりの進出が有名だろうか。結構ギリギリでの政策なのだろう。しかし4%以上に出来ないとすればこの先の状況は余りにも厳しい。

 長期的に見ればポジティブ、確かにそれはそうだろう。しかし長期で考える余裕はあるのだろうか。結局、従来から言われているように問題は速度だ。このままでは米議会も保たないだろう。中国が国内的に容認可能な速度とはどうしてもマッチしない。爆弾を抱えながらの歩みが続く。中台問題など、深刻な政治的課題を計算にいれなかったとしてもだ。
posted by カワセミ at 20:55| Comment(3) | TrackBack(2) | 経済一般

2005年07月04日

経済政策の議論に思うこと

 郵政民営化で世の中は騒がしいが、大多数の国民は無関心のようだ。それ自体は大衆の健全な感覚だと思う。ただそれはそれとして、日本のマスコミの経済政策に関する議論は実に粗雑なものだ。別に安全保障に関する議論が粗雑でないというわけでもないが、陰謀論の類なら重視するポイントが違うだけという弁護も可能だが、それどころか全くの出鱈目ということもある。一定の知的思考が必要な分野にテレビや新聞が向いていないということもあるが、それでも欧米のマスコミはそこそこにはやっている。
 経済学部卒というような出身でない、経済を専門分野としない知識人に対する良質な手引書はなかなか少ない。結局その筋の学問をきちんとやるしかないのだろうが、ポイントを簡単に押さえたいという向きはあるかもしれない。その場合は、多くの人が推薦している田中秀臣氏の「経済論戦の読み方」がやはり適しているだろう。著者の見解が全く無いというわけではないが、極力客観に徹しようという努力は見て取れる。
 いわゆるリフレ派の見解が最近は優勢なようだ。もっともこう単純に分類して良いものでもないので具体的にいうと、スティグリッツ氏、クルーグマン氏あたりの見解が合理的ではないかということだ。(もちろん、安全保障に関するクルーグマン氏の見解には全然賛成しない(苦笑))私も条件付きながら両氏の見解の妥当性が高いと思う。著作は数多いが、クルーグマン氏の方が入門的なものも多くて読みやすい。様々なブログ、可能なら米国の大学のサイトあたりで情報を収集して対応することをお薦めする。もちろん日本のマスコミは完全にスルーしたほうがいい。
 金融政策を重視する人に多いかもしれないが、概してこの種の見解に賛同する人は頭のいい人が多い。知的に詰めていくとこの種の結論に落ち着くということだ。これまでの歴史的経緯に関する解釈、現状に対する認識、それらを説明するための妥当性は極めて高いだろう。しかし、ではどのような政策を取ればいいかとなると、出すべき結果は分かっているにしても、提言される具体的政策で必ずしも成功するとは言えないと思われることが多い。そもそも日米のような経済大国の国民が決して合理的には行動しないという事もある。
 とにかく、主要な先進国がこれだけの規模でデフレ対策をしなければならないというのは、近代の記憶として少し薄いものがあり、そのあたりも政治の論理が付いていけない理由の一つだろう。個人的には、恐らく90年代以降の生産性の伸び、特に供給側が提供する数字に現れにくい部分での伸びがそれまでよりかなり向上しているのが原因ではないかと思っている。これと先進国での少子高齢化の2つが主要な要素ではないか。生産性の伸びの原因は情報通信革命であろうし、世界的に見た教育水準の全般的な向上だろう。中国はデフレの原因というよりむしろ結果に近い位置に存在しているのではないか。
 まぁ、私自身経済に明るいわけでもないし、直感的にそう思っているという程度のエントリではある。
posted by カワセミ at 22:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 経済一般