2007年02月28日

ミサイル防衛とプーチン発言

 ポーランドとチェコがミサイル防衛への本格的な関与を決定したと少し前に報じられている。(参照1)前後してロシアのプーチン大統領が反欧米的な発言をしたとして話題になっていたが、その後やや軌道修正をしたようだ。ロシアの反応というのもなかなか面白い。

 直接的には東欧へのミサイル防衛はロシアを意図したものと解釈したらしい。しかし、米国の伝統的な外交政策から見るとこれは正確な表現ではないだろう。他の安全保障面で関与している国、例えば日本、パキスタン、トルコあたりを考えると分かりやすい。いずれも関与の程度や事情は様々なれど、本質的にはその国そのものの安定を第一義としている面が強い。そして副次的効果として周辺地域が安定するという、世界戦略全体としての合理性が追及されていることは言うまでもない。ポーランド、チェコもその見本のようである。NATO加盟国というだけではやや足りないと考えたのか、実質的な駐留を加えることはバルト三国やハンガリーなど周辺国へのメッセージにもなり合理的だ。また言うまでもないが、当事国が強く望んでいるのも間違いない。ユーゴ紛争の経緯で欧州の主要国が実に頼りなかったのは全ての国が良く覚えているのだ。

 さて、その後のプーチン発言である。ワシントンポストで紹介されており、このような内容らしい。(参照2)全体として伝統的なロシアの主張に沿っており新味はないようにも見える。しかしながら部分的には興味を惹かれる。またここではあくまで欧州的な文脈で話していると理解するべきであろう。例えばこの付近の言い回しは典型かもしれない。
In connection with this the role of multilateral diplomacy is significantly increasing. The need for principles such as openness, transparency and predictability in politics is uncontested and the use of force should be a really exceptional measure, comparable to using the death penalty in the judicial systems of certain states.

 そしてわざわざ言及した下記の部分は、つい深読みしたくなる。少し長いが引用する。
I am convinced that the only mechanism that can make decisions about using military force as a last resort is the Charter of the United Nations. And in connection with this, either I did not understand what our colleague, the Italian Defence Minister, just said or what he said was inexact. In any case, I understood that the use of force can only be legitimate when the decision is taken by NATO, the EU, or the UN. If he really does think so, then we have different points of view. Or I didn't hear correctly. The use of force can only be considered legitimate if the decision is sanctioned by the UN. And we do not need to substitute NATO or the EU for the UN. When the UN will truly unite the forces of the international community and can really react to events in various countries, when we will leave behind this disdain for international law, then the situation will be able to change. Otherwise the situation will simply result in a dead end, and the number of serious mistakes will be multiplied. Along with this, it is necessary to make sure that international law have a universal character both in the conception and application of its norms.

 NATOやEUではなく国連が正統性を持つという表現だが、それが一定の正当性を持つという事は了解しているという大前提があるように思える。またロシアは国連において、国際法の比較的伝統的なプロセスを重視することが多い。これは大陸欧州や日本の伝統的な保守主義者とあまり距離感はない。ただ実際の国際政治ではしばしば強引で、その割に表面を取り繕うことに敏感というのも面倒といえば面倒だが。しかしその後のこの部分などは賛同者もそれなりにいるであろう。

I think it is obvious that NATO expansion does not have any relation with the modernisation of the Alliance itself or with ensuring security in Europe. On the contrary, it represents a serious provocation that reduces the level of mutual trust. And we have the right to ask: against whom is this expansion intended? And what happened to the assurances our western partners made after the dissolution of the Warsaw Pact? Where are those declarations today? No one even remembers them. But I will allow myself to remind this audience what was said. I would like to quote the speech of NATO General Secretary Mr Woerner in Brussels on 17 May 1990. He said at the time that: "the fact that we are ready not to place a NATO army outside of German territory gives the Soviet Union a firm security guarantee". Where are these guarantees?


 事情が違うだろと言えばその通りなのだが、外交巧者な欧州諸国にしてやられているというロシアの伝統的な被害者意識が今に至っても出てくるという感があり面白い。事象自体は直接の関連性がないだけに意識の構造として変化がないように見える。ただ大きな目で見れば現代ロシアはその結果から恩恵を受けているかもしれない。

 また関係ないが、ふとNATOと日本の立ち位置を考えた。ブレア首相の「欧米が一致すれば他はついてきます」という発言は客観的な事実ではあるが、政治レベルでも国民感情としても面白くないという意味でロシアと日本は良く似ている。しばしば渋々ながら賛同するというところも共通点がある。するとロシアにとっての核兵器は日本だと憲法九条かなと思えなくもない。そしてロシアはともかく日本は、力学としてはNATOやアンザス条約等への統合圧力が常に一定レベルで存在しており、それを外交上かわすための方策はあまり無いのであろう。またその付近が日本の安保政策の中心的な論点である。ロシアでも欧州との距離感が常に課題である。ただこの国の場合、米国を意識して余計なノイズが入り過ぎる感はある。
posted by カワセミ at 01:17| Comment(4) | TrackBack(1) | カナダ・欧州・ロシア
この記事へのコメント
ロシアは判りにくい.アメリカ人にも判らない国が、日本人に簡単にわかるとも思えないです.それに輪をかけてプーチン大統領が判りにくい人物でしょう.そこで、昔から面識があり、尊敬するロシア問題専門家の木村凡氏との会話を引用させてください.いずれも、日本人の安易なプーチン観に警鐘を発してます.
1.プーチンは親日家か?.そうとは言えない.彼は、相手を喜ばす発言の名人である.日本人はこれに弱い.
2.プーチンは現実主義者か?.彼は、ロシア国内の政治状況になにより敏感である.国際的、経済的な利益で動くような軽はずみはしない.
3.プーチンは強いリーダーか?.表面的にはそう見えるが、ロシアのリーダーとして、常に用心深く、慎重で、臆病でさえある.
結論、少なくとも日ロ間の懸案は、ポストプーチンを待つしかない.

いやはや気がめいる話ではあります.
しかし、プーチンが、交渉相手に値する優れた政治家であることは間違いない.とすると、残るは日本の戦略となるが、木村先生に言わすと、これがなんとも心もとない.トホホ・・・、という感です.
Posted by M.N.生 at 2007年03月01日 21:23
専ら、異国の雰囲気の感得にはNHKBSのドキュメンタリーを手掛かりにしているのですが、
ついこの前まで(といっても、最近もちらほらと散見しますが)よくロシアについてのドキュメンタリーがやっていたので、風呂上りに見ていました。

そこで気付いたことなのですが、
ことにロシアの問題として取り沙汰されるものに人権問題が(ドキュメンタリーでは)多いとはいえ、その七割方がフランス製というのは、どうしたことなのでしょうか?
(無論、単にNHK編成の嗜好ということも考えられます)そこには何か浅からぬ因縁でもあるのか?
俗論「左派の象牙の塔だからじゃないの?」とも思ったのですが、
今回のカワセミ先生のエントリを見て、もう少し混沌とした背景でもあったのだろうかと散策。
しかし、思わしい結果は得られませんでした。
かの「グレートゲーム」についてはそれなりに知識もあるつもりなんですけど、ロシア×フランス界隈に関しては、正直よくわかりません(東欧からの亡命にスイス軽油でフランスというラインが多かったという話は聞きますが、元・亡命者が需要となっているからなのか……ようやっと告発の立場に廻れた彼らの縁者が関わっているのか?)。
宜しければ、適当なテキストを御教示願えませんでしょうか?
Posted by 魚服記 at 2007年03月02日 15:36
カワセミ様

カワセミ様のエントリを拝見して、以前のブログでも、記事にした内容をエントリしました。なんだか、内容のないNATO史みたいになってしまいましたが。(笑)

ロシアというとどうしても、地政学的な発想になってしまうのですが、それは、置くとして、アメリカの戦略ということについて言及すれば、ポーランドやチェコは、冷戦後すぐに、NATO加盟を要請しています。ただ、ロシアの安定的な民主化を考慮して、これは先送りされるわけですが、つまり、この時点でのNATOの加盟は、安定の輸出というより、不安定の輸出という要素が大きかったわけです。

では、現状ではどうかとなると、特に、ジョージ・W・ブッシュ政権は、MDを促進する方向で、動いています。これは、仰る通り、その国家の安定と副次的効果があります。その副次的効果には、加盟へのインセンティヴも働くでしょう。MDと資本投下がセットで、自国の安全保障が得れる、保証されるわけですから。そうすれば、また、加盟へと向かうサイクルが形成されているように感じます。また、アメリカが安全保障上のコネクションをもつことは、影響力をもつことになります。簡単な図式にすれば、加盟(安定)ー拡大ーアメリカの影響力ー加盟・・・となります。

また、中・長期的にみて、これは、今後のロシアの動向次第、交渉次第ですが、ある程度、ロシアのパワーをコンテインメントする、少なくとも、その能力、態勢は、構築しておくという目標もあるのではないでしょうか。

さらに、現在のNATO主要国をサポートさせる、長期的には、国際安全保障に積極的にコミットさせる目標もみて取れます。

ただ、ロシアは、あまりフォローしてないのですが、正直、今、いろんな意味で、一番、おもしろいのは、ロシアですね。
Posted by forrestal at 2007年03月02日 23:38
皆様、いつもコメント有難うございます。

>M.N.生様
木村氏の言、面白いですね。ちょっと感想を加えてみようと思います。

>1.プーチンは親日家か?
プーチンはまぎれもないナショナリストで、外国に思い入れのあるような人物とは思えません。その意味で一部の日本人が思い描くような単純な親日家ではありません。しかし相対的な親日家とは言えるかもしれません。
>2.プーチンは現実主義者か?
そう思います。この場合の現実主義とは、良くも悪くも国内事情の反映という事で、おっしゃるような言い方は適切と思います。
>3.プーチンは強いリーダーか?
相対的には強いリーダーと思います。特に臆病という言葉は重要で、一時期の日本人にあったような破滅主義的な勇気は概してロシアにはないですね。あるとしたら愚かさにより進行する事態に手遅れになるというパターンでしょうか。ただソ連にはこのような刹那性は多少あったので、そういう意味でもソ連は危険でした。文化的にそうというより、力学的にそうなってしまうという事でしょうけど。

>結論、少なくとも日ロ間の懸案は、ポストプーチンを待つしかない.

そう思います。ただ、結局今のロシアの文脈で出てくるリーダーにあまり期待できないかもしれません。やはり欧州的な民主政治の色が濃い政治状況が現出しないと難しいでしょう。その時にロシア国内法や教育インフラ整備への協力をやるべきでしょう。長い話になりますから。

>魚服記様
NHKはたまにしかみないですね。一時ひどかった番組を続けてみたので食わず嫌いになってしまいましたか。おっしゃるようにBSでは番組の水準が多少マシなものが多いようにも思います。

>その七割方がフランス製というのは、どうしたことなのでしょうか?
歴史的にもとにかく付き合いが色々ありましたからね。確かにロシア革命時の亡命貴族の行き先もフランスは多かったようです。貴族の避寒地に使われたことも多いので馴染みもあったのでしょう。ただこちらに関しては縁者とかを考える必要はあまりないのではと思います。そうした事情を除いた他の欧州諸国の状況にしても、イタリアがバルカンなど周辺の事に気を取られてしまい、ドイツが敢えて言わないような性向がある以上、イギリスのマスコミがロシアに対して冷淡になっているタイミングにおいてはそんなものかなと思います。上記の通りNHKはあまりチェックしていないので良く分らないのですが、ベルギーやスウェーデンのように非同盟の伝統を持っている国のものはどうでした?興味深いものがあるように思うのですが。

ロシア皇帝の命でニースに作った大聖堂とかはもはや観光地ですが、調べてみると今もニースとサンクトペテルブルクは姉妹都市でした。ちょっと苦笑。

>furrestal様
>この時点でのNATOの加盟は、安定の輸出というより、不安定の輸出という要素が大きかったわけです。
不安定というよりタイミングを図っていたのでしょう。各国の地位をどうするかに関しては色々議論がありました。今となっては甘すぎたことは間違いありませんが、ロシアもNATOのフルメンバーにしたいというような意向もありました。わざと無視する人もいるくらいですが、一応今のロシアでも準加盟国扱いにはなっていますし、ユーゴ紛争とかでは揉めながらも共同で平和維持活動などにも従事しています。最近の欧州諸国との揉め方は身内のそれという感もあります。余談ですが欧米は日本と韓国や中国の事もそんな風に見ることはあります。全然違うので説明が大変ですね。

>ある程度、ロシアのパワーをコンテインメントする
イギリスやフランスの核兵器所持ですら内容に細かく口を出す米国ですからそれは当然でしょう。不確実な部分は残っていますからね。

>長期的には、国際安全保障に積極的にコミットさせる目標もみて取れます。
ある種の国際公共財になる可能性はあります。歴史を長期で見れば、国連は実質を持たない形式的な組織として徐々に形骸化し、各国の現状に応じて異なる水準の義務を負う組織として、NATOのような枠組みが利用されていくのかもしれません。
Posted by カワセミ at 2007年03月04日 21:46
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