タイで爆弾テロを伝えるニュースが継続的に報道されている。久々の更新の割には相変わらず手抜きで申し訳ないが、備忘録を兼ねて記入しておきたい。
タイは東南アジアにおいて比較的治安の安定した国というイメージがあるが、地域によってはそうではない。外務省が出している海外危険情報は日本人にとってかなり客観的な情報になっているようだが、特に南部地域に関しては継続的な危険情報が発し続けられている。(参照1)一時はイラクと同様の最高レベルの警告になっていたのは見逃している人も多いかもしれない。
タイの南部地域でも最も南、日本では深南部と表現されることもあるパッターニー県、ヤラー県、ナラーティワート県の3県はマレー系のムスリム住民が多数派を占め、旧パタニ王国として独立していた期間も長いこともあり、継続的な独立運動が広く支持されている。住民も現在のタイ政府を植民地支配の宗主国のように思う向きもあるようだ。この件に関しては、ル・モンドでの記事がうまく表現しており一読すると良いと思う。(参照2)またWikipediaでも英語版ではここしばらくの動きが言及されており、比較的便利に使えると思う。(参照3)思えば昨年9月の大規模な事件の際にここでも取り上げておけば良かったが。
今までのタイ深南部の運動は、このル・モンドの記事に書かれているようにテロ行為は現地がほぼ全てであり、ブーケットのような観光地や首都バンコクで大規模な事件が起こっているわけでははない。独立運動ではしばしば見られることだが、結局支配層がその地を去れば実質の行政は現地人の手で行うことになり、紆余曲折があっても最終的に主権の獲得に繋がる事が多い。実際タイにおいてもここは官僚の左遷の地ではあった。その意味で分離独立を狙うとすればこれまでの手法は正しい。他地域が平穏であれば損切りしようとの意図も働くであろうからだ。JIなどの原理主義との関係も囁かれるが定かなものではない。また米国などに対して働きかけることも可能であろう。世俗的で民主的なイスラム国家として独立すると宣言し、民主化を標榜し、タイの古典的な植民地主義を非難し、現在の枠組みは持続可能な秩序とはならないと主張し、無関係の地域でのテロ活動の取り締まりに協力すると申し出、米国の安全保障上の関与を求める、といった方針で臨むとどうであろうか。米国の事であるから、分権=民主化のような単純な反応をする可能性は相応にあるだろう。駄目でもタイ政府へ大幅な自治権を付与するように働きかけるといった期待は持てそうだ。
しかしながら、昨年末バンコクで発生した事件は今までと若干異質だ。無論これは単独の事件で、深南部地域の情勢と無関係であるという可能性もある。ただタイ政府としては関与を疑っている向きもあるようだ。(参照4)まだ確定的な情報ではないかもしれないが。
JIなどの原理主義勢力の活動がどの程度の広がりを見せているのか把握するのは難しい。ただ言えるのは、この種の団体の思想的な汚染は、古典的な民族主義的活動にかなりの悪影響をもたらすということだ。タイ深南部の独立運動に関しては賛否があり、現実問題としても完全否定より自治権などで宥めるのが有効と言えるかもしれない。しかしあまりに理念的過ぎる、現実の秩序をもたらさない思想に捉われては、全ての人にとって悲劇であろう。中東地域などと違い、現実に揉まれた政治が営まれているこのような地域でこそ相対的な政治の破壊が発生すると言えるのかもしれない。状況ははっきりとしないが、この件に関しては国際的にも持続的な関心が払われるべきだろう。日本国内の報道は相変わらず少ないが、妙に地理関係を重視する日本のマスコミであれば、せめてインド以東のアジアに関してくらいちゃんと報道してはどうかと思う。
2007年02月20日
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基本的に首都(バンコク)に権力が集中した一種の家産性国家で、国王権力の上に近代官僚制が旨く乗っかった国だと思います。国王、官僚(軍部)、華僑(経済支配者)の3者のバランスオブパワーで国が動いているようです。地方は、首都から派遣されてきた官僚の、ある意味では恣意的な統治が行われており、それがある程度成功してきたようです。
そこからはみ出しているのが南タイで、英国に取られたりしたこともあって、バンコク権力にとっては、言い方は悪いが「まあどうでもいいや」な地域のようです。だが、カワセミ氏の言われるように首都の治安に影響するようですと、問題です。
こんご要注意、又、エントリー期待してます。
最近、皆々が無意識的に抱えている正統の概念というもの(俄然の思考処理、定律・公式とでも言いましょうか)に思いを馳せるのですが、
実は何処も論理を尽くすように見えて、やっぱりその核心は新約聖書のローマ人の手紙みたいなもの、王権神授説に近いものを一番適当として想定しているんじゃないか?と、
色々見て考えるようになりました。
まあ、それぞれの王権の根拠が相克するのは歴史的宿命というにしても、王権を是とさせる生活の必要からさえ、すり合わせの一つも出来やしないところが何とも…………自負って質が悪いと感じます。
乱文乱筆にて、失礼致しました。
タイが近代的な立憲君主制国家になって以来、(ちなみにタイが植民地化を間逃れたのは、ご存知の通り、干渉地帯になったからですが)まあ、軍部のクーデターは、繰り返し行われているので、昨年、9月のクーデターもさほど、驚きませんでしたが。そもそも、国王権力の議会選挙に対する干渉とそれに伴い、軍部も国王を担いだわけですね。名目上は。その本意は、よくわかりませんが。おかげで、国連事務総長の座は、消えましたが。
M.N生様が仰るとおり、実質は、国王権力がベースになって、軍部も議会も動いているのでしょう。
タイが仏教国である、というイメージや認識は、ある意味あたっていますし、多分にスキャンダラスな所もあるんですが。この深南部は、ムスリム、つまりイスラム教なんですよね。司法も、コーラン(おそらく、シャーリア)で、行われているようです。特に民事事件においては。
さて、この深南部のテロですが、現状、バンコクも本格的に鎮圧・押さえ込もうという感じは受けないのですが。もちろん、死傷者は出ているのですが。エントリにもある通り、この問題がバンコクに波及すれば、事、変わってくるのでしょうが。。。
ただ、原理主義集団に国際テロ組織などが、絡んでくると厄介な問題になるので、バンコクは、監視を強めるでしょうし、そうなれば、テロも激化するでしょう。仰る通り、アメリカにコミットメントを求めるのが、最も得策ではないでしょうか。
アメリカにとっても、テロ組織の温床化を防ぎたいですし、この地域に戦略的な拠点を構築しておくことは、政情不安な東南アジア諸国へのコミットを容易に、そのプレゼンスから、プレッシャーを高めることが出来るでしょう。ただ、民主党政権になった場合のアメリカの理想主義的要素が希薄になり、内向きになるとアメリカへの働きかけは、成功しないかもしれませんね。
私の見解は、バンコクが切り捨てるように、自治権を与えることには、あまり、賛成ではないのですが。
ある程度の秩序の安定、イスラム民主化でも構わないのですが、何らかのモニタリングが、必要だと考えます。もちろん、アメリカが、それを買ってでれば、いいのですが。日本も東アジア共同体構想で、イニシアティブを取るつもりなら、東南アジア諸国へのマネーだけでないコミットが必要ですね。(もちろん、JICAや、PKOで、活動した・していることは、承知ですが)
途中から話がそれました。駄文、失礼、致しました。
おっしゃる通りと思います。この国の政治は世界的に見てもあまりない構造でそれなりに成功しており、徹底した現実主義は興味深いものがあります。普通駄目な政権はクーデターで倒しても問題なしというような政治文化を持つような国は王室が機能していてももう少し不安定になるものですが。経済界の論理が比較的通りやすい印象はあります。首都への波及は何とも言えません。単発的な事件かどうかはまだ不明ですね。
>魚服記様
日本も欧州のそれと距離感があるように見えて実際そのような力学となっているという事はあるかもしれません。ただ大方の国ではもう少し地域主義的というか、大きな話をあんまり信じてないような気もします。精霊崇拝的なものの延長とでもいうか。また表面を論理で取り繕う性向のある国って、案外少ないかも。
>forrestal様
私もちょっと慣れ過ぎてしまいましたね、タイのクーデターには。
イスラム教は本来政治の代替で発生したものと思っており、コーランはある種の憲法という面もあります。聖職者の解釈がその時の都合で勝手に変わる様を我が国の内閣法制局と比較するのは面白いかもしれません。ただいずれにせよ官僚機構との相性が悪いことは間違いありません。
米国のコミットは、アチェと同じ文脈で期待薄かもしれません。今日のエントリにも書いたような副次的な安定効果もあまり無さそうですし、火中の栗かも。ただ当事者が希望すれば、それは前向きな結果を出すように思いますが。