再び安倍内閣を含めた国内政治雑感を記す。この問題は各議員、各党の方針などを細かく追わないと正確な政治の実態は分からない。しかし違和感や危惧のようなものはあり、それ自体はおかしいものではないと考えるので書き残しておく。
安倍首相は、年頭に「憲法改正を目指したいという事は参院選でも訴えていきたい」という趣旨の発言をしたと報道されている。各種報道ではあまり強いニュアンスではなかったと感じられるが、発言の内容自体を考えると、参院選の最中に政治課題の一つとして言及するという事に関しては間違いないとしてよかろう。この件、耳にした直後は「意外に政局的にも長けているな、うまい考えだ」と思ったが、同時に大きな違和感も残った。この件はどういう具合に考えるべきであろうか?
周知の通り、参議院は衆議院と異なり優越院ではない。議院内閣制の原則により政権を担う政党を選択するのはあくまで衆議院である。極端な話、次の参院選で自民党の獲得する議席がゼロになったと仮定しよう。あり得ない仮定だが、それでも政権は自民党が維持する。しかし、ゼロとは言わずとも、期待されるより大幅に少ない議席しか獲得できなかったとすれば、内閣総理大臣は党総裁としての責任を取って辞任せざるを得ないだろう。ここに参院選のやや複雑な性質がある。つまり、自民党政権は望むが、現在の安倍氏が政権を担う事には反対であるという立場に立つ有権者は、あえて野党に投票する可能性がある。後継として次期首相に期待される有力な人物がいればその可能性はさらに強まる。総裁選を戦った麻生氏、谷垣氏、あるいは福田氏、可能性は少ないであろうが小泉前総理の再登板を望む人、考えは色々であろうが変化を望む野党支持者は一定数いるのではないか。
ここで憲法改正を争点に挙げればどうか。これは憲法改正の必要性を認め、推進しなければならないと考えている有権者を一定程度縛るものとなる。上記のような考えを抱いている有権者も、ちょっと今回の選挙は大事な意味合いがあるから自民党に入れざるを得ないな、と考える人もいるのではないか。その意味で党の政策そのものはおおまかに支持する有権者を繋ぎ止めるにはなかなか良い方法だ。だが憲法改正はそのように選挙の争点にして良いものであろうか?
憲法改正の手続きには、総議員の2/3の賛成と有権者の過半数の賛成が必要である。この条件自体良い悪いの議論はあり、ルールを改正すべきという意見はあろう。しかし現状がこうである以上、そこから発生する政治的意味合いは確定している。この条件を満たす政治的状況は、「立法を職業としている議会政治家の間に、近未来の政治に対し憲法改正が必要であるという事に関して広いコンセンサスが成立し、国民もその政治家のイニシアチブで発生したコンセンサスを認める」というものである。もちろん議会サイドが国民意識より遅れているという場合もあろうが、議会政治家に改正の必要性とその内容に関して広い合意が無ければならないというのは間違いない。
自民党と旧社会党の時代はこの合意が成立する事はなかった。硬直的な旧社会党の責任が大きいが、有権者はそのような政党でも野党第一党として扱い、他の野党より大きな支持を与えた。この時代ですら両党の合意があれば憲法は改正できたが、しかしそのような事はなかった。これも政治の現状の反映であり、結局有権者も腹が決まってなかったと言えよう。
しかし現在の政治情勢はそこまで硬直的ではない。民主党も多くの議員が改正の必要性を認めている。そもそも憲法改正には最終的に国民投票がある以上、議会政治家の役割はそこに提出する改正案を練り上げる事である。もはや耳にする事も少なくなった「選良」という言葉が示す責務を果たすのはこういう時しかなかろう。確かにここしばらくの民主党は硬直的な傾向があるが、与党としては例えばこういうべきであろう。「憲法改正についてはしばらく前から必要であるという事に関して与野党間で広範な合意があり、選挙の争点にする類のものではない。議論を重ねれば議会は適切な合意に至るのではないかと楽観的に考えている」あるいは民主党側としてもいう事は同じだ。年頭の発言の後素早く「憲法改正は国会議員全体の広範な合意によってなされるもので、与野党間に広いコンセンサスが必要だと我々は考えている。選挙の争点にするというのは今までの経緯を考えれば勇み足であろう。我が党としてはいつでも対話に応じるつもりであり、合意案も問題なく出来るのではないかと考えている」という所か。
参院選での扱いがこじれると事は面倒になる。与野党が政治的妥協に失敗すると、互いに政治的に態度を硬化し、コンセンサスが得られない状況が続く可能性がある。近未来の政治情勢を考えれば、自民党が例え公明党との連立で計算したとしても衆参両院で2/3を達成する事はほぼ不可能であろう。つまり悪くするとこのまま憲法改正がなされない状況がずるずる続くのだ。しかしそれで非が民主党にありと世論の多数派が認識しても、選挙の野党第一党効果から民主党は一定の議席を確保し続け、情勢は動かないであろう。
もちろんこれはただの危惧であり、民主党内での議論を促すための牽制の一つに過ぎないと解釈する事も可能である。実際は柔軟に対応するのかもしれない。しかし現状では明らかに危険性が潜んでいる。それは自民党にどこまで理解されているのであろうか。
2007年01月14日
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エントリーの趣旨からズレルのですが、参議院がいつまで現状を続けるのか、戦後レジームの脱却ということであれば、この参議院の基本的な位置付けこそ再検討すべきでは、と考えます。
戦前を今更持ち出すこともないんですが、民選と勅撰という違いから、両院には厳然と役割分担がありました。政府の形成には衆議院の、憲法審議には貴族院の優先が一時的にせよ慣例として確立しましたですね。
現状の参議院の問題は、衆参の議員候補と選挙支援体制が一体となってしまって、参議院選が人、組織、資金面で第2衆院化していることが大きい(選挙区割りのせいで結果は異なって出るが)です。これでは、議会制度の根幹である選挙結果による政府の形成が曖昧になり、ひいては政党の政治責任が希薄になってしまいますね。
連邦国家であるアメリカの上院のようにするのは無理無意味でしょうが、かなり大掛かりな改正(例えば間接選挙制の導入、異なる複数選挙母体からの選出)など、思い切ったことをやるべきでしょう(選挙制度の改正は憲法改正しなくても出来ます)。それが無理なら、議院としては不要で、なんらかの諮問機関(戦前の枢密院)へ衣替したらどうかとすら考えてしまいます。安倍総理が憲法改正といわれるなら、そこまでやっていただきたいですね。
私は、改憲派でありますが、参議院選の争点化となると少し、首を傾げます。
憲法論をするつもりはないのですが、憲法というのは、言うまでもなく、この国の形であり、内外に示す、国家デザインです。
そのような、国家のデザインも抽象的、又、憲法を何のために、どこをどのように変えるのか、それが、どのような意味を持つのかなど、丁寧な説明がありません。
取りあえず、参議院選で、国民の承認を得たという形にしたいのか、御説にもある通り、民主党はじめ、国内議論を活発化させたいのか、この辺が意図だろうとは、思いますが、あまりにも、国民への問題提示、議論、コンセサスへ向けてのプロセスを飛ばしすぎです。
このような丁寧な説明が、安倍総理には、求められますね。
そもそも憲法は、参議院選の政治争点にすべき事柄ではありません。
「加憲(という名の護憲)」を標榜する煎餅党と連立を組んでいて>総議員の2/3の賛成と有権者の過半数の賛成が必要、という現実を前にして自民憲法第二次草案を作成を否定してる(ソース、165臨時国会終了後の記者会見)以上、首相が「本気」であるわけないじゃないですか。野党、特にみんす(+綿貫太陽党?)と社共の分断こそが唯一にして最大の目的です。
すっかりリプライも遅れましたが、新年おめでとうございます。
参議院の問題はなかなか難しく、やはり性質を変えないと駄目だと思うのですね。かといって日本くらいの規模の国であれば二院制の持つ冗長性はそれなりに意味があると思うのですよ。個人的には、衆議院は優越院として国民一般の世論を示して欲しいし、参議院はアカデミズムの伝統を示す冷静な議論が欲しいと思っております。例えば思い切って議員数を削減して議席の価値を増大させ、今より大規模な選挙区での小選挙区制とし、かつ極力一般党員が候補者選びの予備選に参加できるようなものになると良いのでは。政党が価値ある人物を選ぼうとする力学を整備しないと駄目ですね。
>forrestal様
プロセスといっても何年も様々に議論され、草案も話題になりました。どちらかというとマスコミが問題ですが。それでも今回のは不用意でした。民主党案との違いを取り上げて政党としての特徴を自然と示すというのであればまだ良かったのですが・・・・・
>bystander様
今の自民党はそれほど政局的なことを気にしなくていいんじゃないでしょうか。民主党とコンセンサスを作る中で公明党の顔を立てるポイントを示しておけばそれほど苦労は無いのでは。むしろ甘く見過ぎてるというほうがまだ近いかも。一番の問題は党内合意ですが、幸いに小泉前首相のころに草案を作ってしまったので、そのまま使えばさして問題が発生しない、という話ではないかと思います。