2006年11月08日

日本の核武装問題に関する国内議論への所感

 日本の核武装に関する中川氏や麻生氏の発言が問題になっている。政治やマスコミの現場での取り上げられ方は奇妙でしかないのだが、従来の日本政治が正面から取り上げなかった以上、仕方ないかもしれない。以前にもやや関連する内容を書いたが、つらつらとこの問題への感想を述べてみたい。

 麻生氏と中川氏の発言はかなり計算されている。中川氏は飛ばしているようにも見えるが明確に管理された発言の印象がある。どのような角度から考えても、諸外国への牽制なのであるが、同時に日本国内への負荷テストを兼ねているだろう。そのため麻生氏よりやや身軽と思われる中川氏の発言は、行政府ではなくあくまで一政党の議員の発言として受け止められる。例えば米国などでは立法府側におけるこの種の意見の多様さは元よりいくらでもある話なので問題が無い。実際は日本の議院内閣制においては結構重い内容を含むのだが。その意味では米国の政治の現場を配慮した形跡もある。

 その一方で、これらの発言が意図した最も重要なことは、日本国内の現実離れした右派の幻想を多少なりとも醒ます事ではないだろうか。(日本が潜在的に希望する水準の)核開発はそれほど楽ではない。技術もさりながら、どちらかというと時間、特に多くの実験とそれに伴う犠牲が避けられない。世論がそれに耐えられるだろうか。そして核開発を進めているその初期段階にかなり危険な瞬間を通過しなければならない。米国の支援がある場合を除き、それを乗り切れるとも思えない。

 米国との関係の調整は微妙である。(現在での可能性は少ないが)仮に米国が容認する形で核武装したとしても、それは核の傘は不要で自前でやるというメッセージになるのは多くの問題をはらむ。例えば冷戦期のフランスはどうであったか。核武装国として大きな顔をしているように見えるが、実際の所一貫して米国より妥協的な外交をしていた。西ドイツは戦略的な決定を米国に依存することにより、強硬な姿勢の追認者である事が可能であった。まして現在の日本の立場であれば、短期的な強気の外交は挫折し、中長期的にはむしろ立場は弱くなると推察する事が出来る。もちろん、米国から一線を引いて独自に妥協の余地を発生させるためとなればそれは別だが、日本人にあまりその意図はないであろう。(欧州あたりではこういう文脈で解釈される可能性はある)ただ英国のような米国との協調路線による小規模の保持というのであればまだ主張する意味があるだろう。

 もっとも実際は、北朝鮮の核開発問題が話題になるこの数年間、この核武装路線は積極的に捨てられているのではないかという印象もある。NPTにおける日本の立場はますます明確にされているし、国際会議では今まで以上に反核の姿勢を強調してきた。固体燃料でありICBMにも向くM-Vロケットの開発は終了している。今までH-IIロケットを強く報道していたのは隠蔽の意図もあったのだろう。絶対に発言はしないのだが明らかにオプションを残していたのだから。

 核武装オプションを捨てたかもしれないと推察して、その理由は何だろうか?私は米国内での議論のされ方がやはり大きかったのではないかと思っている。一つに、上記のように日本の核武装はより自立した防衛力の整備と見なされ、米国の関与が減少することを恐れた事。「アジアの事はアジアに任せて、中東に集中しよう」という米国内で根強い方針を懸念したのだろう。もう一つは、核武装を認める論調の中で、日韓に認めるという言い方がかなり多い事である。これはかなりの地域の混乱を招くだろう。第一次・第二次大戦など典型だが、大国そのものは案外抑制的な外交をするが、周辺の中小規模の国家が無理な主張や倒錯した外交をすると火種が大きくなって大戦争になるというのはある話だ。例えばユーゴ紛争のときにセルビアあたりが核武装していたらどうなっていただろうか?

 まぁ、そう思うと今の日本の自民党の首脳部の発言はかなり計算されているとの印象がある。ただ、唯一整合性がないかもしれないと思うのは安倍首相の意見だ。確かに実態が上記のようだとすると「議論は終わった」のかもしれないが、今言うことだろうか?このタイミングにやるべき事は、恐らく非核三原則の三番目、「持ち込ませず」を撤廃することではないだろうか。これは日本が米国の核の傘を引き続き重視していくことを実際に示し、全ての諸外国に安心を与え、(特に欧米の懸念への対処としても有効だ。まともな議論をしている民主主義国に議論の隠蔽は通用しないのだから。何もしないと問題が残存してるとの解釈となる)米国との関係も強くなる。そもそも核の傘を希望しておきながら持ち込みは駄目などと言う今までが身勝手過ぎる主張だったのである。そしてその上で、

「今回の政策は、これまで同様地域の安定を継続するための措置である。核兵器を作らず、持たずというこれまでの方針は、引き続き日本人が継続的な努力をもって推進したい。またその前提であるこれまでのような良好な国際的戦略環境が維持される事を強く望んでいる。この日本の政策に対する、地域の関係諸国の支持と協力を強く希望する。米国からは核の傘が健在であるというはっきりとした言明に代表されるように、大きな協力をしていただいている。他の友好国からも、様々な形で協力していただける事を確信している。」

 とでも言っておけば良かったのではないか。支持すると言質を取った上で、じゃあこれこれこういう協力をと色々話を持ちかければ外交が回るのであろうと。小泉前首相はこの種のイニシアチブの取り方がうまかった気がするが、さて安倍首相はどうであろうか。
posted by カワセミ at 00:19| Comment(8) | TrackBack(5) | 国内政治・日本外交
この記事へのコメント
こんばんは、

相変わらず、鋭いご意見です、中川政調会長や麻生外相の発言が、計算、意図を持ったものであるのは、明確であり、同意します。

@国内への政治的・心理的効果(負荷テスト)
A諸外国、主にアメリカの反応の確認
B軍事・軍備(それに関する法規など)の再考
C諸外国、主に中・露に対する牽制

この中で、@とBは、リンクするでしょう。
つまり、核アレルギーがどの程度のものか、確認すると同時に、最も衝撃の強い問題で、ある程度、国民感覚を麻痺させ(慣れさせ)、その他の非核3原則の見直し、集団的自衛権、米軍の空母、原潜の配備、憲法改正(主に9条の積極的改憲)まで、世論をスムーズに導くための、布石の効果を見て取ることができます。ただ、右翼層の幻想(願望)が醒めたか、これに関しては、若干、疑問が残りますね。つまり、ガス抜きとしての効果もあったのではないかと考えます。

Aに関しては、アメリカでは、賛否両論あるものの、日本の防衛義務を確約させた点までは、計算通りだとしても、アメリカやヨーロッパの反響は、懸念や危険視が主流的で、これが計算以上に大きく、広がった側面があるのではないでしょうか。
つまり、日本の核武装そのものではなく、その波及効果ですね。

Cに関しては、まったくもって的はずれだとみています。現状・残念ながら、日本の核武装の意思表示は、牽制的な要素は、あるものの、牽制とまで、強いものにはなっていません。同時にアメリカにまで、牽制的な効果をもってしまうことは、米軍のプレゼンスが減る可能性もあるわけですから、かなり、リスキーな策略になります。

カワセミさんとは、見解は、異なりますが、国内においては、かなり、計算・意図通り、運んだ(運んでいる)のではないかと考えますが、それが国際的に波及した場合の想定を見誤ってる。その最悪の場合のリスク・コストをヘッジ・マネージメントできているのかが、私の関心点であり、そうでなければ、ワードポリティクスを展開するには、戦略性が欠ける。短絡なものであるというのが、私の見解です。

あまり、リスク・コストについては書きませんでしたが、このパフォーマンスが抑止力になるとか、外交カードになるとか考えるには、まで早計です。

その要因のひとつは、安倍総理の整合性のなさ、一人、全否定にもありますが・・・。
Posted by あいけんべりー at 2006年11月08日 19:20
コメント恐縮です。この前もリプライしようかとも思ったのですが、風邪でダウンして更新が止まったタイミングだったのでそのままになってしまいました。

今回の件、国内的にはタブーの解禁という感があり出発段階なのですが、国際的には潜在的な動きがいよいよ、という捉えられ方になるので難しい問題です。ただ、短期的に諸外国で波紋が広がるのは仕方ないと思います。それを言うなら米国など波紋どころか年中大波が起こっているわけですから。欧米にその種の論調があるのは当然でしょう。

ただ問題は、日本が自国の政策を他国からの外交的な打診で変更する政治的伝統をあまり持っていないことです。せいぜいそれは米国や少し前の中国からのような「圧力」でやむを得ず変更するという形で現れる程度のものです。そのため、核武装というオプションが英仏のような(もちろん当時は第二次大戦からそれほど年月が経っていなかったとしても)関係国との外交調整を経た安定的なものにならないかもしれないという懸念があるのではないでしょうか。

実際、集団的自衛権の問題すらクリアしないうちから核武装の問題を議論するのが奇妙である事は疑いありません。民主主義国の連携による世界秩序の紊乱者であってはならないでしょう。地理的な要因もあり仕方が無いのですが、日本は安全保障政策に関して利己的に過ぎる伝統を持っています。その「体臭」はなかなか自覚できないのかもしれませんね。核武装したとしても「日本の核の傘」を信じる外国は、今の日本であれば世界に一つも無いでしょう。もっとも米国が様々な理由から例外になっているだけかもしれませんが。
Posted by カワセミ at 2006年11月08日 21:12
いつも拝見させていただいております。

「外国への牽制」論については、おそらくそういう意図はあるのではないかと思うのですが、一つ気になるのは、果たして諸外国は日本の核武装オプションについて、技術的能力や戦略的合理性等の評価をどの程度真剣にやっているかという点です。

つまり、いくら日本が「核武装だ!」と騒いだとして、そして万が一世論がまとまったとしても、日本の持つ今の情報量(たとえば反射材の材質や形状、起爆装置などの設計)、蓄積された核物質の質、製造施設の能力などから判断すれば、北朝鮮的戦略ではない、まっとうな核戦略に立脚した核武装が容易ではないことはすぐにわかるはずで、そういう理解を外国がしていたとしたら、核武装、核武装と騒ぐことは、あまりプラスの効果がないのではないかと思うんですが、どうでしょう。むしろ、日本という国家(もしくはそれを統べる政治家たち)の理性とか合理性に対する疑問が高まるほうに働かないかと…

とりわけ、このタイミングというのがどうも。北朝鮮が核実験したからといって核実験前と北の能力に劇的な変化が起きたわけではなく、実験はただのシンボリックな事象にすぎないわけですから、それで騒ぐことが賢明なのかどうか。もし「日本はヒステリックで、何をするかわからない」という印象を与えることが目的ならば別ですが。

おそらく計算はあったのでしょうが、いまだにどういう計算で一連の発言があったのか、私には図りかねるところはあります。
Posted by のぶ at 2006年11月09日 11:33
>のぶ様

コメント恐縮です。

>日本という国家(もしくはそれを統べる政治家たち)の理性とか合理性に対する疑問が高まるほうに働かないかと…

それに関しては余り心配がないと思います。欧米の政治家は日本より軍事問題に精通していると自覚してはいますが、日本人が思っているほど日本の政治家の能力を過小評価してはいないでしょう。ただ孤立主義的で身勝手だとは思っています。理性的に勝手な政策を取るという危惧はしていると思います。例えば核拡散への悪影響を無視した形で進めるとか。

また外交上の駆け引きに関しては、欧州諸国はそれこそ本場なので日本以上に政治的タイミングが重要なことは良く知っているでしょう。日頃無関心な国民を惹き付けるのが重要な事は民主主義国の政治家であれば当然意識しています。日本の行動も同じ文脈で解釈されるでしょう。そのバランス感覚がどうかとなれば、それ相応の危惧があるのでしょうね。

要はコミュニケーションという事ではあるのですが、その意味からしても集団的自衛権の問題をクリアし、NATO加盟国のような民主主義国と対話や協力を強化するのは重要ですね。
Posted by カワセミ at 2006年11月10日 00:36
大部分の点については賛同できます.
ただ,技術的な点についてはやや賛同できかねます.核開発能力は技術的にはそれほど難しいものでは無いのは確かなのです.なんといっても半世紀前に確立されている技術です.
ネックとなるは高濃度ウランですが,これは意見が分かれていますが,自分は問題無いと見ています.さすがに数年の期間は必要でしょうが,その程度のものなのです.
要は,”国家事業”としての取り組み方次第なのです.

で,一つだけ重要に思っていることは,この議論は非常にバランスが要求されるということで,管理人の意見にまったく同意見です.下手をすると,現在の北の核放棄の議論が,日本の核武装阻止への議論になりかねないからです.だから,政治家が議論を促すのは勝手ですが,あくまで安全保障という大枠のなかでの議論であること,そして政権は非核武装の姿勢を貫く(ただし条件付きで)ということが絶対に必要となります.
Posted by toorisugari at 2006年11月12日 11:01
>toorisugari様

コメント有難うございます。

どちらかというとプルトニウムが頭にありました。
高濃縮ウランに関してはその通りでしょう。ただ、数年間は長すぎます。外交的に耐え切れるとは思えないので、何がしかの成果(例えば集団安全保障や紛争地和平へのかなり具体的なコミット。キプロスとかスリランカなど、何がしかで世界的に評価の上がるもの)と抱き合わせで一緒に実配備近くまで進めて米国などの民主主義国から容認を取り付けるようなプロセスでないと無理ではないかというのが頭にありました。軋轢が大きいと核による先制攻撃を意図する国もあるでしょう。具体的な実行は躊躇うでしょうが米国の反応次第では反応を読み違う可能性もあり極めて危険です。
核武装するとして、可能不可能を別にしてのベストは、米国の核を持ち込ませて、運用への関与を限定付きながら少しずつ深めて、恐らく10年以上の時間をかけて信頼を醸成し、ある日一定の配備数に関して管理を譲渡してもらう、でしょう。ただやはり無理でしょうね。

>下手をすると,現在の北の核放棄の議論が,日本の核武装阻止への議論になりかねないからです.

おっしゃる通りです。
北朝鮮の核はローカルな存在で、影響もたかが知れています。遠隔地の国であればなおさらです。しかし日本の核武装は世界情勢の激変ですから。
Posted by カワセミ at 2006年11月14日 00:20
いわゆる右派が多いと見られている軍事マニアの方々においても、核武装については驚くほど現実的なようです。
このサイト↓は
http://mltr.e-city.tv/faq05a02.html#total04
マニアの人たちの最大公約数的なまとめサイトですが、核武装にはデメリットが山ほどあるという見方をしています。

>さすがに数年の期間は必要でしょうが,
>その程度のものなのです.
という意見についても、フランスの例を引き合いに出して、「46年かかる」としています。
http://mltr.e-city.tv/faq09e02.html#00936

ちなみにM-Vロケットについても「兵器として使えるような代物ではない」
http://mltr.e-city.tv/faq05s.html#H2ロケット
の後段)
という意見です。



Posted by 横合いから失礼します at 2006年11月14日 15:23
>横合いから失礼します様
現実は分かりますよ.
現時点では,核武装がデメリットが大きいという点についても,技術的な困難も大きいということも.

けど,それは全て現時点での話です.
あと10年後の世界情勢が,いまのような無秩序の流れが続いたときに,一体どのようなものになるか,想像がつきますか?

自分の考えとしては,核のデメリットのみを議論しても,あまり意味の無いことかと思います.核のメリット,デメリットの両方を議論することで,より真剣な安全保障論議ができるのだと思っています.そして,それらを全て議論したうえでの安全保障体制の構築が,絶対に必要なのです.

もっとも強力な安全保障体制は,核保有では無く,強国間での集団的な安全保障体制を築くことなのは,明白なのです.
結局,その話が左翼から議論しないのは,その先に集団的自衛権の問題があり,憲法改正の必要性があるからです.

長々と書きましたが,必要なのは,目先の核武装ではなく,10年,20年先の安全保障体制なのです.その意味では,今回の北朝鮮の核実験を半ば容認しているようなロシア,中国,韓国にどのように対応していくかが今後の日本の課題であり,核武装議論の核心であるのです.
Posted by toorisugari at 2006年11月14日 21:35
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/1672441

この記事へのトラックバック

[政治] ついに社会党並に堕ちた民主党
Excerpt: 核武装に関する議論ですが、安倍首相は非核三原則を守り核武装の議論も政府としては一切やらないという話ですが、麻生外相や中川昭一政調会長が「議論すべき(実際は議論があってもよいという程度)」という発言を..
Weblog: Dr.マッコイの非論理的な世界
Tracked: 2006-11-10 09:26

なぜ核保有をしたほうが日本が危なくなると思うのか?
Excerpt: アメリカが民主党が政権の座についた場合、日本より中国との関係を重視し、日米安保を見直し、日本から軍隊を引き揚げハワイやアメリカ本土にシフトさせるのでないかといったことがひとつの予測としてあるのではない..
Weblog: 地球が回ればフィルムも回る
Tracked: 2006-11-10 12:21

[時事] 核保有論議の意義
Excerpt: ここ最近の核保有論議について、政治学を学び戦略論に関心を持つ者として思うところがあるので、少し詳しく論じてみたい。 自民党の中川昭一政調会長が核保有論議をすべきだという発言を繰り返している(参照)。..
Weblog: Buckeye Diary
Tracked: 2006-11-15 01:16

金正日を舐めてかかるな
Excerpt: http://news.livedoor.com/topics/detail/3090363/http://news.livedoor.com/topics/detail/3090355/世間一般の皆..
Weblog: 右派社民党公式ブログ
Tracked: 2007-03-24 21:18

日本を見捨てない?
Excerpt:  ブッシュ大統領は、「拉致で日本を見捨てない」と言ったのだそうだ。本当だろうか?
Weblog: 翻訳blog
Tracked: 2008-07-07 19:01