安倍氏が内閣総理大臣に就任し、組閣名簿が発表された。誰もが私と似たようなことを語っているので今更であるが、やはり節目でもあり、小泉政権の終わること自体感慨深いのでエントリしておこうと思う。
内閣の顔ぶれに関しては、多くの人が述べているように補佐官が重要であろう。大臣は論功行賞とも言え、祭り上げるポストとしては悪くないのかもしれない。何しろいざという時には国務大臣である以上責任が無いとは言えないのだから。ただし外交関連だけは固めてある。これは、当面国内的な基盤作りに傾注するからであるとも解釈可能だろう。麻生氏と久間氏、小池氏に手堅い実務的な外交をやってもらい、国内的な人気を維持しながら安倍カラーを定着させるというところか。
その意味でむしろ党三役がポイントであると言える。小泉首相は党と対立的であった。そして旧勢力はかなりの程度弱体化した。安倍首相はその大きな資産を受け継いだが、それが長期間続くとは限らず、恐らく今年中くらいに肝となる法案を通すなどの措置が必要だろう。そのための内閣と考えればなかなか良い人選ではないだろうか。松岡農相などには懸念の声もあるが、郵政民営化には最終的に賛成に回るなど、判断力に欠けるというわけでもない。概してこの内閣、政治的立場に意義があっても能力面では高いという人が多くは無いだろうか。ハイスペックで押し切ることが出来れば案外うまくいくかもしれない。
それにしても小泉氏が首相でないというのは未だにピンと来ない。その一代前が森氏だったのだが、遠い昔の感もある。氏の歴史的評価はどのようになるだろうか?様々な意味で日本の政治史の分水嶺であったように思う。
かつて田中角栄首相は就任時に高い人気を誇った。その後ロッキード事件で権威は失墜することとなったが、ある程度根強い国内的な人気はあっただろう。しかし今日では、中国のような専制政治の国との談合的外交を始めた政権として、別の側面からの低い評価が発生している。確かにこれはより重要な落度であったといえる。問題を先送りするというのは政治的判断として時に有効な場合もある。しかし問題の所在が隠蔽されてしまう場合はかなりの負債を後世に残す。もっとも中国の場合は、江沢民が反日であったというより、毛沢東が戦略的な決定をし、とう小平(注:文字化けのためひらがな表記)が合理主義的なリアリストであったというだけかもしれない。いずれにせよ、インターネットの発達などによるIT革命により日本の政策は持続可能なものではないという政治的状況はあった。
ただ背景はそうだとしても、小泉首相の行動はどう解釈すればよいのだろうか。私は、国際的な摩擦を管理可能な範囲にコントロールしたという点で高い評価をしている。別の人物であればもう少し問題を先送りしたであろう。そしてより深刻な形で、いずれ問題は顕在化した。靖国参拝などが代表だが、中国に実質的にダメージを与えるような政策は取っていない事に注目するべきであろう。後半は押したり引いたりしながら距離感を図るという実務的作業に収斂していった。これはどちらかというと社会科学的なアプローチに近い。結果、最近の農産物や化粧品問題に見られるような、ある意味矮小的な摩擦に落とし込むことに成功している。この程度の事で相手方のガス抜きが出来ているとすれば上等もいいところではないだろうか。その業界はともかく、日本経済全体から見れば枝葉末節である。実際に政治家が口にしてはならないことだが。
この中国との外交などが典型だが、内閣総理大臣に求められる資質で最も肝要なものの一つは、最も重要な問題は何かを提示し、課題として顕在化することであろう。政治的テーマとして設定する事に成功すれば、多くの知恵が自然と集まり、解決に向けて動くということは政治力学上あり得る話だ。郵政民営化などはある種のあぶり出しの道具と言えるかもしれないが、構造改革路線そのものは、直接の経済政策というより企業の自助努力というような課題の設定に重要な所がある。もちろん経済のマクロ政策が重要であったという結論にはなったかもしれない。だが、最終的な評価は、経済政策の枠組の設定がその後の日本の政策決定プロセスにどのような変化を与えたかという点で判断されるであろう。
そして、この課題設定の見本となるのが北朝鮮問題であろう。率直に言うと、日本人の少なからぬ人々はこの問題を承知していた。ある人は隠蔽し、ある人は大した問題ではないと矮小化していた。特に日本人の政治意識として重要なのは後者だ。ある国の行動で数名程度の日本人の命運が変わったとしても、それでこの国が大きく動くことはないとの諦観を持っていた人は多くは無かったか。だがこれはある意味自然なことでもあった。なぜなら、世界の大半の国ではそれほど高度な安全保障を享受できていないからだ。紛争地域はもちろん、平穏と見える国でも国境地帯で人が死ぬのは茶飯事という所も多い。先進国に分類される平和で安定した国でもテロと無縁でもない。実際、今回の小泉首相ほど頑張る国はそれほど地球上に多くないだろう。多くても20かそこら、それですら、そこそこの大国で無いと何も出来なくなって時間が経つだけかもしれない。アメリカなど例外中の例外の国だろう。その状況下、高い目標を自国に設定したのは歴史の進歩と言える。実際、この種の拉致問題は世界中にあり、例えば旧ユーゴなどでは「日本のように我が政府も毅然と対応してくれれば・・・」という声もあるようだ。この、「日本人を低い基準に慣らさなかった」というのが、この問題における最も大きな功績ではなかったか。もちろん、自らその基準を選んだのは日本の普通の国民であった。自分がそうなると一大事だが、国民一般となるとある程度は仕方ないなどと言い出す、無責任な知識人や官僚ではなくて。
しかしながら、歴史にifは禁物とはいえ、その発足当初に残念な思いがした記憶はまだ私に残っている。現実に可能不可能という議論があるとしても、やはりこの種のパラダイムの変化は政権交代でなされるべきだったろう。その意味で橋本氏が再度首相になっていて、小泉氏が離党し、民主党右派と連携して政権交代したらどうだったかと夢想することがある。それはたまたま良い人材に恵まれたという幸運ではなく、日本人がより良い未来を自ら選んだという意味で、民主主義の進歩として自信を付けることになったのではないだろうか。結局政治家が何とかしてくれるという意識はある程度残ってしまったかもしれない。もちろん、それは9.11の劇的な選挙である程度の補填がされた。だが政党が切磋琢磨するという余地はまた狭められた。もちろん、それをもって小泉氏を低く評価するのは筋違いだろう。しかし後世の歴史家は、場合によっては日本の民主主義の成熟を遅らせたと言うかもしれないのだ。もう1ループ同じことが半世紀、という可能性だってあるのだから。
このように書けば嫌でも分かると思うが、民主党の現状は極めて深刻だ。なぜかというと、最近は同党への批判が薄くなっているからである。つまり国民の期待値が劇的に低下しているのだ。もちろん昨年の岡田代表は稚拙であったと言える。だが問題はむしろ敗北後の展開による。前原党首の辞任、小沢氏の前近代的なスタイルなど。選択するためのルールは既に変わったのだ。それでも来年の参院選ではそこそこ健闘するかもしれない。が、仮にそうであったとしても、それはせいぜい反自民の、政権選択ではない選挙の気楽さでしかない。
特異な人物はたまにしか出てこないから特異なのである。そうでない平凡な人間がそこそこの働きを見せるためには、政党政治が活発な活動を見せる必要がある。議員の知的活動が低下したときに民主主義が怪しくなるのは世界共通である。小泉首相の退任は残念だが、我々にそれを政治的課題として顕在化して見せてくれたのが最後の業績なのかもしれない。もっとも、さすがにこれは贔屓し過ぎであろう。
追伸:文字化けがあるため修正しました。ご指摘有難うございます>finalvent様
2006年09月29日
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つゆだく大臣? 高市早苗
Excerpt: 高市 早苗(たかいち さなえ)は、1961年生まれ。 神戸大学経営学部経営学科卒業。 松下政経塾の5期生。 このたび、安部晋三内閣で内閣府特命担当大臣として初入閣。 沖縄及..
Weblog: 瞬★旬!キーワード〜このヒトだあれ?
Tracked: 2006-10-02 11:15
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つゆだく大臣? 高市早苗
Excerpt: 高市 早苗(たかいち さなえ)は、1961年生まれ。 神戸大学経営学部経営学科卒業。 松下政経塾の5期生。 このたび、安部晋三内閣で内閣府特命担当大臣として初入閣。 沖縄及..
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慧眼だと思います。ともすれば“国益を声高に叫ばない”のが大人の対応といわんばかりの論調が多くて、ウンザリしていたところに、一筋の光明を見る思いでした。現実に屈するだけなら、法も正義も不要です。安倍総理が誕生した原点でもありますね。
> このように書けば嫌でも分かると思うが、民主党の現状は極めて深刻だ。
米民主党の迷走も続いているようです。クリントン元大統領までが党派的な言辞を弄している様子には失望を禁じ得ません。どこまでがローカルな事情でどこからがグローバルな事象なのか、判断に苦しむところではありますが。
リベラル勢力の退潮は当分続くのかも知れません。
私は経済方面に疎いのでピンときませんが、根井雅弘などによると、経済学では、きわめて狭い学派のみが正統とされ、ケインジアンすら継子扱いされる傾向にあるとか。
私はリベラリズムの主張に必ずしも賛同しませんが、マトモな批判勢力がなくなることには危機感をもっています。
かつて、シュンペーターは、政治家の責務として、国民の意見を伝えるメッセンジャーとしての責務と、国民に、問題を顕在化し、提示し、意見や議論を喚起させる責務があるといっていました。
政治家、小泉純一郎として、その政治手法は、ともかく、後者の件においては、高く評価できるのではないでしょうか。
>国際的な摩擦を管理可能な範囲にコントロールしたという点で高い評価をしている。別の人物であればもう少し問題を先送りしたであろう。そしてより深刻な形で、いずれ問題は顕在化した。
これには大いに共感いたしました。日中関係もさることながら、同時多発テロ後の世界への対応についてもしかり。日米関係が、おかしな方向に行かぬように同盟関係というものの真髄をはずさなかった。結果的にも国際政治に対する国民の成熟を進めたと思います。
>現実に可能不可能という議論があるとしても、やはりこの種のパラダイムの変化は政権交代でなされるべきだったろう。
政権交代を民主主義が成熟するためのある種の教育課程と捉えれば、そうでしょねえ。でも、アングロサクソン系の民主主義国家でも、形式的にある政党が長期政権を維持しつつ民意と政治の関係が実質的に大いに変わった例もありますよ。英米では少ないが、カナダや豪州では。それより、日本の場合、自民党という政党の特異性があるんじゃあないでしょうか。小泉氏の「自民党をぶっ壊す」というスローガンは、従来の政党と国民の関係に対する(つまり簡単に言えば票と利権の交換)アンチテーゼと考えれば、ここにもある種のパラダイム転換はあったと思います。
リプライ遅れてすみません。
>木星人様
米民主党は世代交代に期待するといいのではないでしょうか。
そこそこ評判の良い人もいるようです。今までのいきさつに無縁な人であれば違ったアプローチも可能でしょう。イラクでの失望を考えると数年程度の模索はやむを得ないかと思います。ただ伝統的に欧米の左派勢力はアジア外交が弱いので日本としては心配です。共和党の時以上に数年間粘り強く関係を構築していく努力が必要でしょう。
>あいけんべりー様
>政治家、小泉純一郎として、その政治手法は、ともかく、後者の件においては、
>高く評価できるのではないでしょうか。
そうですね。ただ、良くも悪くも日本的な対応でした。はっきり課題を国民に示してこうすると挙げるのではなく、雰囲気で分からせるというような。結果としてサイレントマジョリティはそれを理解したと思うのですが、個人的にはいささか不満も残りました。ただ、ジャーナリズムがもう少し成熟しないとうまくいかないのかもしれません。ネット界隈と世間とはまだまだ温度差があるでしょう。
>M.N.生様
お久しぶりです。お元気でしたか?
>同時多発テロ後の世界への対応についてもしかり。
これは世界的に見てもマシなほうだったと思います。アメリカは人の話を聴かない、フランスは空気が読めない、ドイツはいつものごとく暴走、ロシアは策士策に溺れる状態、イタリアは弱運、カナダは国内事情でまともに動けず、唯一まともなイギリスが苦労を背負い込んで青い顔をしていたあの時期のどうしようも無さは何ともいい難いものがありました。主要な民主主義国からは「うまくやりやがった」としか見られてなかったと思いますが、それでも幸い今までの日本が駄目だっただけにまともな印象を与えました。中東地域で発生することに当事者意識が薄いのは日本の外交のボトルネックの一つで、今後も継続的に課題になり続けますが、限定条件下でそこそこ凌いだという意味で良かったと思います。
>それより、日本の場合、自民党という政党の特異性があるんじゃあないでしょうか。
そうですね。名は体を現すといいますか、(欧米と違う文脈ではありますが)自由党と民主党を抱えているという側面があり、擬似政権交代が今までもありましたし、その大規模な現象ではありました。ただ日本の場合、地方政治が弱体でそこで多様性を担保出来ないので、野党の存在意義がかなり大きいのも事実です。今の民主党では自民党の人材が薄くなる瞬間があると政治レベルそのものが急落する可能性がありますね。まだ日本の国政で有能な人材を吸い上げるシステムは確立してない感があるので、議員の質はやや運頼みというところもあります。
レスありがとうございます。
> ただ伝統的に欧米の左派勢力はアジア外交が弱いので日本としては心配です。
そうなんですか?(^^;
じゃぁ日本(とアジア)の左派勢力が欧米の左派勢力を尊敬し信頼するのは、まったくの片想いなんですね。日本に紹介される欧米人は、伝統的に左派の人が多い気がします(私の情報が偏ってるのかもしれませんが)。チョムスキーとかウォーラースティンとかロールズとか・・・(あまりに順不同)
とりあえずは、党派的な関係でも良いので国際的な人脈を築きたいですね。人や情報が交流しないことには始まりませんから。理想的には、党派に関係なく幅広い人間関係を構築したいものですが、洋の東西を問わず、党派対立は無視できないようなので・・・(汗