2006年09月12日

米国は核の優位を確立したのか

 昨今、中国の核開発が進展し、米国の核の傘は機能するのか怪しい、日本も核武装をという論調が一部で見られる。しかしそれは政治的思惑からの発言と観て良いだろう。客観的にはいささか違う様相を呈しているようだ。

 今回紹介する論文は、最近のForeign Affairsの論文の中でも比較的話題になったものである。ロシアの指導者はこれを読んで衝撃を受けたとされているようだ。こちらで公開されている。ちなみにForeign Affairsの論文はかなり多くが雑誌「論座」で和訳されたものが掲載されているが、これに関してはなぜか扱われていない。近辺の号にも見当たらないことは確認したので見落としではないと思う。少なくとも有名なものは掲載する方針であるはずなのでこれにはやや疑問だ。朝日新聞社の雑誌ということもあり、他の日本語の論説は全体的に左派的な論調が目立ち、日頃から必ずしもForeign Affairsとの親和性は高くない。かといって恣意的な選別をしているとも思いたくないのだが。なおこの論文、右派にとっても左派にとっても少々都合の悪い文書であるような気はする。

 さて内容だが、全体として、米国はロシアや中国に関してほぼ完全な核の優位を確立していると論ずるものだ。かつてのMADの理論は過去のものとなり、米国の先制攻撃で報復能力をほぼ奪える形で主要な戦力を壊滅できるとするものである。内容は読んでの通りであるが、部分的に引用してみたい。

Finally, a third group -- owls, who worry about the possibility of inadvertent conflict -- will fret that U.S. nuclear primacy could prompt other nuclear powers to adopt strategic postures, such as by giving control of nuclear weapons to lower-level commanders, that would make an unauthorized nuclear strike more likely -- thereby creating what strategic theorists call "crisis instability."


 上記の現状を述べた後、米国の政治的態度の変化に関する懸念がまず言及されている。恐らくそれが最も議論を呼ぶのであろう。タカでもハトでもないフクロウ派の懸念はリアリストのものだ。

Finally, although the air force finished dismantling its highly lethal MX missiles in 2005 to comply with arms control agreements, it is significantly improving its remaining ICBMs by installing the MX's high-yield warheads and advanced reentry vehicles on Minuteman ICBMs, and it has upgraded the Minuteman's guidance systems to match the MX's accuracy.


 1ページ目最終のこの付近、米国の兵器の性質を典型的に示している。日本であれば当初から完成度の高いシステムを組み上げるであろう。ただ、特定用途への最適化を徹底するがそのため転用が難しいものにしてしまうかもしれない。配備してから改良や使い回しで段階的に性能が向上していくこの性質は、米国企業の民生品にも似たような例が多い。

Russia has 39 percent fewer long-range bombers, 58 percent fewer ICBMs, and 80 percent fewer SSBNs than the Soviet Union fielded during its last days. The true extent of the Russian arsenal's decay, however, is much greater than these cuts suggest. What nuclear forces Russia retains are hardly ready for use.


 次いで2ページ目でロシアの核戦力について触れているが、稼働率が極めて低いとされている。日本のように150年間基本的に工業力が向上し続けた国においては、この種の後退は実感を持って受け止めにくいかもしれない。その後の具体例もさりながら、

But the radar network has a gaping hole in its coverage that lies to the east of the country, toward the Pacific Ocean. If U.S. submarines were to fire missiles from areas in the Pacific, Russian leaders probably would not know of the attack until the warheads detonated.


 このレーダー網の穴は致命的と言える。実際、先日の北朝鮮のミサイル実験さえ捕捉出来なかったことにより、実態が証明されている。

According to our model, such a simplified surprise attack would have a good chance of destroying every Russian bomber base, submarine, and ICBM.


 簡単なモデルを採用して検証しただけでもこのように結論付けられるとしている。実際にワシントンが行う戦略はより有効であるだろうと。

Despite much talk about China's military modernization, the odds that Beijing will acquire a survivable nuclear deterrent in the next decade are slim.


 3ページ目で中国に関して触れているが、近代化は遅々として進んでいないという認識のようだ。むしろ通常戦力に焦点が合わせられているとしている。

Some may wonder whether U.S. nuclear modernization efforts are actually designed with terrorists or rogue states in mind. Given the United States' ongoing war on terror, and the continuing U.S. interest in destroying deeply buried bunkers (reflected in the Bush administration's efforts to develop new nuclear weapons to destroy underground targets), one might assume that the W-76 upgrades are designed to be used against targets such as rogue states' arsenals of weapons of mass destruction or terrorists holed up in caves. But this explanation does not add up. The United States already has more than a thousand nuclear warheads capable of attacking bunkers or caves. If the United States' nuclear modernization were really aimed at rogue states or terrorists, the country's nuclear force would not need the additional thousand ground-burst warheads it will gain from the W-76 modernization program. The current and future U.S. nuclear force, in other words, seems designed to carry out a preemptive disarming strike against Russia or China.


 この論文のポイントとなっている米国の思惑であるが、テロ組織への対応よりロシアや中国への優位確立に主眼があるとしている。ただこれは議論の余地があるかもしれない。

What both of these camps overlook is that the sort of missile defenses that the United States might plausibly deploy would be valuable primarily in an offensive context, not a defensive one -- as an adjunct to a U.S. first-strike capability, not as a standalone shield. If the United States launched a nuclear attack against Russia (or China), the targeted country would be left with a tiny surviving arsenal -- if any at all. At that point, even a relatively modest or inefficient missile-defense system might well be enough to protect against any retaliatory strikes, because the devastated enemy would have so few warheads and decoys left.


 そしてミサイル防衛に関して、むしろ攻撃的な意味合いがあるとしている。ただこれは、テロ組織やテロ支援国家が可能かもしれない数基のミサイルに関する対策と結果的には用途が重なってくる。同盟国への対策という面もあり、総合的に観てそのような作用もあると考えるべきかもしれない。

 この論文は事実関係がという事より、見積もられる仮想敵国の反撃能力をどう評価するかという点に関する議論の対象となるのかもしれない。そして最も厳しい基準を要請する人に対しても対応するのがミサイル防衛であると。そして実際の攻撃効果の試算には様々な要素が入り、もう少し米国が不利な形での結論があり得るかもしれない。しかし、全体としてMADが機能しなくなりつつあるという方向性は現出していると考えるべきであろう。

 ここで、同盟国である欧州や、特に日本が考えておかなければならないことは何だろうか?米国が核武装国の脅迫により妥協するのではないかという懸念があるが、それは実際の所余り心配することは無いだろう。より深刻な問題は、米国が妥協しないことによって出現する事態である。米国は安全であるとして、その時の米国に対する脅迫の道具としては、上記論文で扱われていない中・短距離ミサイルによる同盟国への攻撃であろう。ただそれを理由に米国が大幅な政治的妥協をする事は無い。仮に日本が、米国が妥協してくれたほうが自国にとって助かるというような場合でも(例えばダーティーボム程度の被害なら大雑把な米国は頓着しない、などの例がある)あっさり却下される、という所ではないだろうか。もちろん同盟国がそうならないようにするためのツールという側面もあるミサイル防衛ではあるし、日頃からの対話による同盟の深化も重要だということではあるが。

 ともあれ、日本が核武装を必要とする文脈は、強い立場にあることで強硬に振舞いたがる米国と距離を置き、日本が独自の判断で時に妥協的に対処するための余地を発生させるため、となる。その意味で実際の安全保障の強度や政治的立場の強化というよりは政治的フリーハンドという面に主眼が置かれていると言えるのではないか。結果的にこれは右派勢力の願望と部分的に一致するが、主張している議論とはやや距離が発生しているかもしれない。独自の抑止力が総合的に見てどのような政治的作用をするかは複雑な問題ではある。

 ところで、このブログの最近のコメントスパムが気になっているが、ちょっと対策には手間がかかるかもしれない。少なくとも最新のほうの記事は受け付けを停止することはしない。過去記事に関しては一部閉じているが、各エントリに対する手作業なので途中で放り出している状況だ。コメントを寄せていただける方は、出来ればテキストのバックアップをしていただいて、すぐ再投稿可能な状態にしておいていただけると助かります。こちらでも極力バックアップはしておきますが。
posted by カワセミ at 02:26| Comment(2) | TrackBack(1) | 米国
この記事へのコメント
すっげーどうでもいいことですけど
「恣意的な選別」の「恣意的」ってそういう使いかたはしないと思います
Posted by かにさん at 2006年09月14日 02:36
少し調べてみたら、案の定私も間違って認識してました。
ご指摘有難うございます。履歴も兼ねてエントリとコメント欄は
このままにしておきます。
Posted by カワセミ at 2006年09月14日 23:39
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