2006年03月16日

米国の2006年新国家安全保障戦略について

 ホワイトハウスから国家安全保障戦略に関して改訂版が発表されている。戦略の要点、これまでの成果、今後の課題などを平易に記述してある。戦略内容としては今までと極端に変わるものではないが、手段に関してはやや穏健な表現になっているようだ。

 以前、米国の戦略に関しては、先制攻撃と予防戦争の違いに関して、海外の著名人の論文を引用する形でエントリを書いたことがある。今回もその違いは示されてはいるようではあるが、明確極まりないというものではない。イラク戦争は先制攻撃ではなく古典的な予防戦争なのだが、意図的にミスリードするマスコミもあるのは残念なことだ。しかしいずれにせよ、戦略としては妥当性はあり、それをどう効率的な手法で達成するかが問題であることは米国内の議論の方向性としてほぼ間違いないところだ。

 今回の発表内容はこのようなものである。長大な文章ではないし全て要所がまとめられたものなので全て目を通すと良いだろう。全般としてかなり丁寧な記述との印象がある。そしてある部分は教科書的な表現だ。例えば3章の下記部分などが見本と言える。

The terrorism we confront today springs from:

・Political alienation. Transnational terrorists are recruited from people who have no voice in their own government and see no legitimate way to promote change in their own country. Without a stake in the existing order, they are vulnerable to manipulation by those who advocate a perverse vision based on violence and destruction.
・Grievances that can be blamed on others. The failures the terrorists feel and see are blamed on others, and on perceived injustices from the recent or sometimes distant past. The terrorists’ rhetoric keeps wounds associated with this past fresh and raw, a potent motivation for revenge and terror.
・Sub-cultures of conspiracy and misinformation. Terrorists recruit more effectively from populations whose information about the world is contaminated by falsehoods and corrupted by conspiracy theories. The distortions keep alive grievances and filter out facts that would challenge popular prejudices and self-serving propaganda.
・An ideology that justifies murder. Terrorism ultimately depends upon the appeal of an ideology that excuses or even glorifies the deliberate killing of innocents. A proud religion ? the religion of Islam ? has been twisted and made to serve an evil end, as in other times and places other religions have been similarly abused.

Defeating terrorism in the long run requires that each of these factors be addressed. The genius of democracy is that it provides a counter to each.

・In place of alienation, democracy offers an ownership stake in society, a chance to shape one’s own future.
・In place of festering grievances, democracy offers the rule of law, the peaceful resolution of disputes, and the habits of advancing interests through compromise.
・In place of a culture of conspiracy and misinformation, democracy offers freedom of speech, independent media, and the marketplace of ideas, which can expose and discredit falsehoods, prejudices, and dishonest propaganda.
・In place of an ideology that justifies murder, democracy offers a respect for human dignity that abhors the deliberate targeting of innocent civilians.


 世間のイメージはともかく、ブッシュ政権は米国の基準としてもこのようなより社会科学的なアプローチを好む傾向がある。このテロに対応する論理などはおおよそ1980年代以降の時期の学問的反映ではないだろうか。今はちょっと忘れてしまったので、そのうち機会あれば関連の重要書籍など紹介しようと思っているが。
 以前ブッシュ政権に関しては、手段はともかく目的は比較的正しいと書いた覚えがある。それは今も変わらないが、また別の言い方であれば、大局的な視点はあまり誤らないが個別の案件に関する対応はしばしば大雑把だったり非効率だったりするとも言える。マクロには強いがミクロには弱いと言うところで、日本とちょうど逆かもしれない。小泉政権はまた少し違うかもしれないが。

 各地域に関して述べた8章は具体的な興味を惹きやすいところかもしれない。アフリカへの関与が予想以上に熱意を持って示されているのはやや興味を惹く。「チャンスの弧」と以前から表現されているが、中東で反米主義が蔓延してしまったのと比較し、米国への好意は相対的に高いので、ここではうまくやろうかとの思いも滲み出ている様に思える。ロシアに関してはより率直な印象がある。great influenceの言い回し、安定をもたらす存在として協力を期待するというメッセージであろう。実のところロシアは、自覚は少ないかもしれないが今日の世界秩序の最大の受益者の一つだろう。その意識があれば今少し外交も変わるのではないだろうか。

 中国に関しては、以前から言っている通りである。最後にwhile we hedge against other possibilitiesと釘を刺しつつ、透明性を高めるようにとの発言を繰り返している。ちょうど日本の麻生外相がWSJに寄稿した文章があるが(内容はかんべえ氏が不規則発言の3/14記述分で全文引用している)そこでもtransparentに言及している。それは米国人の琴線に触れるようにかなり練られた文章と言えるし、日本の政治家の言としても出色のものだ。だがメッセージは相手に伝わらなければならない。(今回は米国向けの役割かもしれないが)built-in stabilizer providedの意味が腑に落ちてくれると今少し建設的な話となるのだろう。19世紀の英国のものがそうであったように、それは結局国際公共財の役目を果たすのであるし、今の米国もその本質は変わらないのだ。ただ、それが少なくとも政治レベルでは100%理解される国は、そもそも既に民主主義は成熟しているのかもしれない。

 今回の戦略文書、最後に思うのは、これを目にしての各国の反応はどうかという事だ。その対米感こそが、この文章に記述された内容をまさに示すもののように思われる。
posted by カワセミ at 23:12| Comment(2) | TrackBack(1) | 米国
この記事へのコメント
今回の麻生外相の寄稿はアメリカ向けでしょうね。これはNYTの批判記事への反論ですから。米国人の琴線に触れるように書いているのも、そのためでしょう。中国の反発も織り込み済みでしょうね。

ただ、麻生氏が提唱した「実践的先駆者/Thought Leader」という概念は、中国から見れば神経を逆なでするものでしょう。中国は本音では日本を格下に見てますから、それが先駆者/Leaderであるとは、いかなる意味でも認められないでしょう。
中国外務省の秦剛副報道局長が会見で言った「皆さん周知の原因により、日本の過去における過ちが他国にとって参考になることはない」という言葉が、中国のいらだちを表しているように思います。
(ソースは「日々チナヲチ」<a href="http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/9904282f1504cb12bcf24f822bd57603)" rel="nofollow">http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/9904282f1504cb12bcf24f822bd57603)</a>

僕は日本の1930年代の過ちは中国にとっても教訓に満ちていると思うのですが、中国はそれに目を閉ざすつもりのようです。
Posted by Baatarism at 2006年03月17日 10:42
なぜかこの記事のみ連続してコメントスパムが来るのでコメント受付けを停止しました。この記事に関するコメントをお寄せしたい場合は任意の関連すると思われるエントリにご記入ください。
Posted by カワセミ at 2006年08月30日 20:40

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麻生外相のWSJへの寄稿と中国の反応
Excerpt: 2月にNew York Times紙の社説が麻生外相を批判したことに対抗して、麻生外相がWall Street Journal紙に論文を寄稿しました。和訳が在ニューヨーク総領事館のページにあります。 ..
Weblog: Baatarismの溜息通信
Tracked: 2006-03-18 15:34