2006年01月27日

パレスチナ選挙結果に関する簡単な感想

 パレスチナ議会選挙でハマスが過半数を確保したと報じられている。やや意外感を持って受け止められているようだが、そのこと自体にやや違和感を持った。日本やアメリカに限らず、多くの民主主義国はパレスチナを語るのに自国の基準を知らず知らずに当てはめているのだなと改めて思った。

 いわゆる途上国に分類される国では、基本的に秩序の維持が最大の正統性を確保する。犯罪が発生したときに、曲がりなりにもそれを取り締まる組織に頼るしかない。実質的な能力に付き従うと考えてよいだろう。現在、パレスチナ自治政府の能力は限定されている。ハマスはテロ組織といっても組織化されており、福祉や医療などのサービスを市民に提供している。特にガザ地区では自治政府は世の中の現実解であるとパレスチナ市民にみなされてないのだろう。それを考えると自治政府の選挙結果は健闘したと表現することも可能だろう。

 またこれは私の推察に過ぎないが、パレスチナの多少インテリな知識人としては、イスラム聖戦のような過激な組織ではなくまだ理性的で市民に実質的な義務を果たしているハマスを選択したのだぞという意識もあるのではないか。また自治政府の支持母体であるファタハの軍事部門であるアルアクサ殉教者団もイスラム聖戦同様に悪質だ。現在の自治政府はその面にも管理能力をさして発揮していないように思われる。

 「どのような国も、その始まりには汚れたオムツを付けているものだ」という言葉がある。例えば中国なども、日本では近年反中感情が高まっているというものの、共産党初代の毛沢東の無茶苦茶さを考えれば、大局的に見れば長い時間をかけて少しずつ理性的になってきていると見えなくも無い。ハマスもスローガンは簡単には降ろせないとして、最低限イスラエルとの緊張関係を管理する能力さえ示し、結果的に共存する路線を長く続ければ望みもあるのだろう。そして50年とか100年とか経過して、人間が入れ替わって緊張が和らいだところで和平を進める、といった程度が現実解ではないだろうか。その意味ではイスラエルの壁設営も幾分は意味があるかもしれない。距離を置くことの意味もそれなりにあるのだ。もちろん引き裂かれる個別事象の悲劇は多く、近代的リベラリズムが敵視する手法ではあるが。

 では、民主主義国が現在享受している安定した社会というのは短期間に手に入らないのだろうか?方法は無いことも無い。それは、より統治能力の高い外国の治安維持部隊が大規模に展開し、山のように資金を投下し、テロ組織に関しては徹底的な掃討と武装解除を行い、市民に治安の良さと復興による豊かさを実感してもらい、それを5年なり10年なり続け、その間必要になる恐らく10万かその付近の兵力を維持し続け、何千人犠牲が出ても絶対に撤退しないことだ。平和で安定した社会というのは、そこまでやってやっとそこそこ確保され、それでもいつ崩壊するか分からないものなのだ。書かなくても分かると思うが、それは現在米国がイラクでやっていること、もしくはよりよくやるべきだった事と変わらない。

('06.1.29追記)
選挙結果、および選挙制度のリンクを追加しておきます。ハマスの政党名はイメージ戦略としてもうまいですね。選挙制度のページでは、やや下のほうにパワーポイントファイルへのリンクもあります。
posted by カワセミ at 22:32| Comment(6) | TrackBack(1) | 西南アジア・北アフリカ
この記事へのコメント
以前、名無し名義で拙いコメントを投げた者です。一応、他の場所で用いているハンドルネームに替えてみました。今後ともよろしくお願いいたします。

今回のハマスの件ですが、カワセミさんがおっしゃる通り、本質的にはパレスチナにも「確かな野党が必要」だった、ということのようですね。

日本政府もファタハ内部の一部武闘派下部組織はテロ組織認定している通り、ファタハは控えめに言ってもマトモでない要素を抱え込んでしまった与党でしたし、その影では典型的な形の利権に基づく悪政も、ずいぶんと行ったようです。

本来、民主主義が成熟する過程ではファタハが(まず、お話にならないテロ組織を除いた上で、さらに)経済・社会政策に基づき二派程度に分裂した上で拮抗するのがよかったのでしょう。が、結局のところ、リーダーシップをとりながら経営を行うといった能力の人材が必要数に足りていなかったのだろうな、と思わされます。アラファト時代の自治政府のような元カリスマとその他少し、という構造では、無理もないと思うのですが。

そういう意味で、カワセミさんが最後におっしゃっている、「安定した民主主義に必要な能力を獲得するためのボトムライン」のお話は示唆的だと思いますし、さらにはそのボトムラインを割った場合、徐々に衰退といった形よりも、今回のような確率的にいきなりガクッとフェイルしてしまうのだろうな、とも感じました(あるいは、徐々に衰退しているからこそ、目端の利く人が逃げ出してついには瓦解、といった経路をたどるのかもしれませんが)。

ところで、こういった経営手腕(要は、狭義の政治 = politics ですが)を持つ人材が足りない、という事態は、実は結構頻繁に起こっていることなのではないでしょうか。

無論、テロが関与している点が本質的な訳ですが、表面上の類似であれば例えば復帰前後の沖縄政治などが同様の困難に直面したのではないかと思いますし、さらにそれをどのように克服してきたのかは、モデルケースとしても興味のあるところです。……といった風に、カワセミさんとfinalvent さんがこのことを語ってくださったら豪華でいいなぁ、と夢想しましたw 失礼いたしました。
Posted by MelonNanasi-san at 2006年01月28日 14:26
初めまして、だいと申します。

駆け出しの比較政治学徒としては、今回の選挙を巡る実質的な側面もさることながら選挙制度という手続き的な面も気になります。日本の報道を聞く限りでは中選挙区と比例代表制の混合制度で行われたとのことですが、このうち前者はかつての日本であった「中選挙区制」(単記非移譲式・複数人区制度)と全く同一の制度だったのでしょうか。もしそうであれば(一部報道にあったように)選挙制度に対する不慣れからファタハの公認候補と系列の無所属候補との間で共倒れが生じ、組織力に勝るハマスを利する事態になったというのも有り得る話だと思います。

それともう1つ気になったのは、なぜ今時複数人区(大選挙区)で単記非移譲式を採用したのかということです。名簿式比例代表制が既に全国区で使われているのは仕方ないですが、選挙区の方でも単記移譲式(例・アイルランド)や完全連記制という選択肢もあったはず。単記非移譲式は時の運で結果が左右され易い故、どうしてこんな制度を選んだのかも気になるところです。

駄文失礼いたしました。
Posted by だい at 2006年01月29日 02:45
>MelonNanasi-san様

コメントありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。

確かに、パレスチナの民衆は変化を望んだということで間違いないと思います。今まで長期間に渡って「政権交代が無かった」と解釈することも可能なわけですからね。

選挙による民主主義が機能する前提として、選択肢となる人材を醸成する社会的な仕組みが必要なのですが、紛争の続く地域だとそういう情勢でもなく、むしろ現状に対する追認とか、それへの反対という側面が強まりますね。

>確率的にいきなりガクッとフェイルしてしまうのだろうな

まぁ、ハマスの場合は現実に対応する能力を見せるかもしれません。紛争のただ中にある途上国ではそれは実によく見られるでしょう。長年かけてやっと構築したものが崩壊するという悲劇は、日本人があまり実感したことの無い無念さでしょう。沈滞の結果人材が逃げ出すというのは結果系かもしれません。むしろ最近のEUの一部とか、先進国型の停滞で見られる現象かもしれません。個人的にはオランダの今後に注目しています。

>狭義の政治 = politics ですが)を持つ人材が足りない、という事態は、実は結構頻繁に起こっていることなのではないでしょうか。

おっしゃる通りと思います。ただその表現、基準の取り方が難しいですね。逆にある一定以下の非常識さを持つ人材が力を持ち得ないこと、が成熟の基準かもしれません。

>戦後の沖縄
それでも秩序社会の伝統は、それこそ基準の取り方次第ですが、充分機能していたようにも思えます。地域性はあっても確固とした「日本人」だったと思いますよ。少なくともその件に関してはfinalventさんも賛同してくれると思いますがね:-)


>だい様

初めまして、今後とも宜しくお願いします。

選挙関連のリンクを追加しておきました。仔細はちょっと調べきれないものの、これでは各選挙区でハマスが勝つのも無理は無いなというのが感想です。やはり反ファタハという側面が強かったのではないでしょうか。

今回一般論としてちょっと思ったのですが、選挙において明白に(一人など少数の)人の名前を記載するということ自体が、選挙制度の中でもかなり西欧的な伝統の反映のように思います。もちろん日本ではそれが意識されないくらい根付いていますが。地域によっては信任投票的なアプローチも機能するということでしょうか。ちなみに小選挙区制は明らかに先進国型の選挙でしょうね。そもそも候補者の命が危なくならないことが選挙の前提なのですが、その危険を増大させますから。
Posted by カワセミ at 2006年01月29日 16:17
選挙関連のデータ、ご紹介頂きありがとうございました。目を通してみて気付いたのですが、日本の新聞報道だけをソースにしていたために大変な勘違いをしていたようです。「中選挙区制」と言っても単記制ではなく連記制(しかも定数一杯まで投票できる)だったのですね。前回のコメントで票割りの失敗云々と述べていたのは完全に見当違いな見方だったようです。大変失礼しました。

ファタハ候補が全員落選した選挙区でのファタハの得票数が分からないので正確には分かりませんが、ここまでハマスの得票が伸びていると地滑り的結果になったのも避け難かったのかもしれません。完全連記制ではしばしば勝者総取りが起きると言いますが、今回の選挙は反ファタハの民意がそういう形で如実に現れた結果だったのでしょうか。

混乱期の国家では候補者の命が掛かっているが故に小選挙区制等は採り辛いのではないかというご指摘には目から鱗が落ちる思いでした。確かにレバノンやイランの選挙でも大選挙区が採られていますね。(西欧も19世紀には同様だったそうで。)先進国で当然とされている政党間の選挙競争が機能するには我々が普段意識しない前提条件が必要であることにお恥ずかしながら改めて気付かされた次第です。

拙いコメントで場汚ししてしまい申し訳ありません。
Posted by だい at 2006年01月30日 01:34
次ぎの注目は、イスラエルの選挙(3月でしたか)ですかね.イスラエルの選挙ほど意外性が重大な結果をもたらしてきたのも少ないでしょうから.パレスティナとしても、この結果が出るまで下手には動けないはず.逆に動くことで状況を混乱さす勢力も出てくる.しばらくは目が離せませんです.
Posted by M.N.生 at 2006年01月30日 09:12
>だい様
こちらこそ大変恐縮です。中選挙区がほぼ日本独自という認識は広く知られていると思っていたので、かなりはしょったエントリになったのが原因かもしれません。元より日本のマスコミの報道はさして当てにしていないので批判することなくスルーしたせいもあります。明らかに日本の特定制度を示す意味合いを持つ「中選挙区」という言葉は今回使うべきではないですね。最低限「大選挙区方式の一形態として・・・」という報道が望まれるべきだったでしょう。ちなみに連記制は、識字率の低い国では写真と併用されることも多いですね。パレスチナの場合はそれより教育程度が高いですが、名を上げて信任するかしないかを問うという原理は共通しているように思います。
小選挙区ですが、もう一つの側面として、死票が多くなるという欠点が全国レベルで補填されると有権者が認識していることが重要かもしれません。少なくとも国政レベルの政治で地域性が少ないことが要件でしょう。ちょうど先のエントリのカナダなど典型ですが、ケベック州以外から議席獲得のあり得ないケベック連合の議員が、ことごとく僅差で勝ち、ケベック州全体では圧倒した場合微妙な問題が発生するでしょう。
しかしどのような側面で考えても、選挙はその国を示す鏡ですね。

>M.N.生様
普通に考えると右派有利ですが、国内的な議論の流れ方がどのような経緯を辿るかは予想つきません。またこれにイラン問題という不確定要素が絡みますし。当面来月のIAEAがどうなるかという問題になりますね。
Posted by カワセミ at 2006年01月30日 19:28
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広河隆一報告会『2007年・パレスチナ・日本』
Excerpt: ◆広河隆一よりご挨拶◆私が1967年にはじめてイスラエルに行き、パレスチナ問題に出会ってから2007年でちょうど40年になります。 
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Tracked: 2007-01-15 18:01