2005年12月07日

天皇制の議論で感じたこと

 皇室に男児の出生が近年無いことを受け、女帝を認めるかどうかに関する議論が盛り上がっている。この問題での世間での係争点は、女帝を認めるかどうかではなく、男系を厳格に維持するか、女系も認めるかと言う事のようだ。論理というより感情が先立つ問題でもあるが、これに関する自分の考え方を書いておきたい。

 自分の考えは、日本人の多数派が良しとする方法をそのまま認めるというものである。・・・・・怒らないで欲しい。一応理由らしいものはある。なぜこのような考えに至るかというと、そもそも天皇制というもの自体が、日本人が共通に有している共同幻想としての取り決めであるからだ。これは宗教のそれにも近いが、論理的な理由はそれほど無いのである。ある種の決め事で成立し、長く継続した王朝だからというのが全てだ。伊勢神宮が他の多くの神社より偉いという事をなかなか説明できないのと似たようなものだろうか。とにかく日本人は皇室を神聖だと考えているのである。

 男系論者は非常に真面目なのだと思う。その真面目さ、潔癖さは日本人の特性だが、反面憲法九条の明快な規定すら現実に合わせて柔軟に考えるのもまた日本人の特性だ。左右どちらも極端な人々はどうしようもないが、極端な主張を押さえてマジョリティの支持を確保するのが重要なことで合意はあるようだ。男系論者のY染色体説は何の冗談だと思ったが、さすがに冷静な論者にはたしなめられているようだ。何しろ対抗して女系論者にミトコンドリア説まで出てくるのだから大混乱である。私は不謹慎にも面白がるだけだが。

 ただ一つだけ、苦言を呈したい事がある。日本は外国に学ぶと言うことを苦にしない柔軟さを有している。だからこの問題も欧州の王室と比較してどうかという論が左右どちらにもある。私は、この問題だけは外国のやり方など一切気にしないで決めるべきだと思う。なぜなら、男系維持だろうが、女系も認めることになろうが、日本人が尊重しているからこそ皇室が外国でも重みを持って扱われる事実は変わらないからだ。要は、日本人が腹をくくることだ。「これが我々の皇室、この制度が現代の天皇制である」と毅然としていることだ。外国からは色々な評価があると思うが、「そういうものだ」で済ませれば良い。「そうなのか」で片付く話だ。

 欧州を参考に出来ない事情は、正直口にしにくい真実も混じってはいる。欧州では貴族社会の伝統も残っており、違う国の王室と婚姻関係を結ぶこともある。元々歴史的にも関わりは深いし、共通の基盤を持っているからだ。日本はそうではない。皇太子の結婚相手が見つからないときに民間人からというのは成立した。しかしタイからというのは議論にもならなかった。基準は皇室の神聖さを保つ事だった。大多数の日本人は、近隣のアジアの王室より日本人の民間人の方が神聖さを守れると考えたのだ。この純血主義が、恐らくはこの問題の核だ。日本人の中の最も神聖な部分の抽出がテーマになっている。これは偏狭な排外主義や、空気のような自然な蔑視感と表裏一体なだけに、他国を気にしないで進めるとはいうものの、政治家の発言などに慎重さが求められることだろう。

 その意味で男系論者はポイントを読み違えているかもしれない。万世一系が崩れるのを嫌がるが、テーマは共同幻想の維持だからだ。今まで男系で続いてきたから神聖だといっても、そんな事を知らずに皇室を神聖だと思っている人も充分多い。結果は分からないが、この問題の決着の仕方だけは見える気がする。公然と口に出来ないような、日本人全体を仮想の貴族社会と見なし、その中の毛並みの良い代表者を決めていくというような、巨大なムラ社会の掟に少しのバリエーションを加える暗黙の了解が空気のように形成されるだろう。あまり議論無く、何となく決まるのだ。そして多くの日本人は、心のどこかにひっかかる部分を残しながら、しかし公然とは反対せず、黙々と歴史を紡いでいくのだろう。
posted by カワセミ at 23:49| Comment(11) | TrackBack(2) | 国内政治・日本外交
この記事へのコメント
Y染色体説って科学的な根拠の無いものなんですか?
競馬で父サンデーサイレンス、母○○、母の父ノーザンテーストのように血統が語られ、父の父とかとにかく父系で語られます。
あまり母の能力は重視されません。
母の母なんてまず話題にはなりません。
男系重視とはそういうものなんだと思ってました。
Posted by さらら at 2005年12月08日 02:54
少なくとも、y染色体は46対の染色体のうちの一つでしかないってのは把握しとくといいんじゃないかなぁ??。
生殖に関してちょっと調べれば判りそうなんだけどなぁ??

Wiki染色体
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93" rel="nofollow">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93</a>
>哺乳類では、受精において雄と雌の配偶子が融合すると、その時点ではまだ二倍体の卵細胞が減数分裂を起こし、受精卵の成熟化がおこる。
>減数分裂の過程で、母親と父親の対応する染色体同士は交叉を起こしてお互いに部分部分を交換する。
>このようにして、片親からの染色体をそのまま次の代に渡すのではなく、新しい染色体が作られるようになっている。

つまり、子供は男の子だろうが女の子だろうが、親からもらった染色体を自分用に変化させて持ってるんです。
半分ずつそのまま引き継いでいくわけじゃぁないの

お馬さんに関してはよく判らないけど、牝馬が一生に産める子馬って限られてますよね。
それに対して種馬は下手したら数百頭に種付けするわけで、その辺も関係するのかもしれませんねぇ。
あと、絶対的に牝馬と牡馬で能力の差があるのも影響するのかしらん。
Posted by ふにふに at 2005年12月08日 10:20
 カワセミさんがこのテーマをエントリーされたのはやや意外(笑)でした.何故なら、各方面での論じられ方が、多分に感情的である傾向にへきへきさせられる面があり、このブログにふさわしいかなと感じたからです.が、一読して今回の論旨は私には至極妥当と思われました.
 ただ、ブログの主旨とは別に、後継者の議論を今しなければならない背景に疑問を感じております.おそらく天皇家、皇太子家の事情に関して、宮内庁をはじめとした政府関係者の(国民にはストレートには言わぬ)意図があるのでしょうが、もっとぎりぎりの時点まで引きつけないと、国民の真の合意が得られますかどうか.その意味では、内閣の動きは拙速かとも感じられます.現皇太子の即位の時期まで待っても遅くはないかとも.勿論、この主旨は、世間の一部をにぎわす女系、男系という議論とは次元の異なる話ですが.
Posted by M.N.生 at 2005年12月08日 10:52
男系は大陸の影響で、もっとはっきりいえば血統重視の大陸北方系、つまり遊牧民の発想でしょう。
道教なんかが神道に影響を及ぼしたとき、ついでに紛れ込んできたんだけど、本来日本人にとっては血統より「イエ」の方が大切。
何故男系が問題になるかといえば、外から来た人間が皇室の正統性を容易く手に入れないように、ということですね。つまり韓国人が長老派教会が好きなのは何故か、というのと一緒。
Posted by ■□ Neon / himorogi □■ at 2005年12月08日 10:56
競馬の血統の話題に食いついて。

「良血馬」といった場合にはその馬の母系の近親に活躍馬が多いという意味であるように、競走馬の血統で母系(ファミリーライン)に比べて父系(サイヤーライン)が重視されているというのは完全な誤解です。
競馬新聞等で父系のみが語られるのは単に母系が複雑すぎるからです。
日本には総御料牧場と小岩井牧場にゆかりの牝系がありまして、この牝系は現在もG1馬を輩出してますし、生産牧場でも重視されてます。
ウイニングチケットやスペシャルウィークが活躍した頃は競馬雑誌にこの牝系の話題は結構載ったんですけどね。

ちなみに、サンデーサイレンスは母系にまったく活躍馬が居なかったので、アメリカで種牡馬になれなかった馬です。
サンデーの父ヘイローは20世紀最高の種牡馬ノーザンダンサーの近親だったため、競争成績以上に期待されて種牡馬になりました。
Posted by パリティビット at 2005年12月08日 20:18
ふにふにさん、パリティビットさん参考になりました。ありがとうございます。

そういえばスターロッチ系ってありましたね。
Posted by さらら at 2005年12月08日 21:44
というか、基本的にY染色体というのは
「性別決定のための遺伝子」
であり、形質を伝えるという意味では甚だ貧弱な遺伝子なのですよね。むしろ、X染色体から伝えられる形質には色々あって(血友病などは有名ですな)、例えば競馬の世界などでも名馬の心臓がやたらデカいとかいうのはX染色体経由ではないか、みたいな話で血統論においてそういう要素を重視するという向きは実際にありますね。

皇室の相続については、聊か素朴に疑問な所として、「安定的な継承を求めるならば、親族の数を多めにセッティングする傍系相続=男系継承重視の方がよいのではないか」という部分、「そもそも相続というある種の『皇室の財産権』について、皇室自らがコミットしない違和感」というのはありますね。
もっとも、皇室自らが道を選んでも、直系相続重視に変更するという可能性は結構あるとも思われますが。
Posted by 有芝まはる(ry at 2005年12月09日 00:02
>さらら様
>ふにふに様
>パリティビット様
まさか自分のブログで、馬に関する知見を深められるとは思いませんでした。少し得をした気分です。(笑)また言わずとも分かると思いますが、科学的な事実関係は重要ではないというのが論旨でもあります。それと言いにくいですが、性的な倫理は今と感覚の違う時代も途中に多々あったとも思います。

>M.N.生様
その感覚は大当たりで、天皇制に関してこのブログで取り上げるつもりは全くありませんでした。まぁ私が伝統主義者でないせいもあります。この内容も一ヶ月くらい前に書こうと考えて取りやめたものです。妙に引っかかって残っていたのでエントリにしましたが。私と同じような意見の人は多いと思いますが、なぜか声が聞こえてこないとのはなぜかなという思いもありました。
後継者の議論は、確かにややこしい事情があるのだろうと思います。ただ制度を決めるに当たっては斟酌しないでよい話と思います。

>■□ Neon / himorogi □■様
御意。ただ妃選定で示される日本人の対応を見ると、その件はそれほど心配が無いとも思えますが。共同体内だけの問題でも充分細かい話になっているような。
Posted by カワセミ at 2005年12月09日 00:23
>有芝まはる(ry様
日本人の感覚自体が、昔より直系重視に流れているという傾向もあるかもしれません。また相続というか、継承にまつわる話は大声で言わないのが暗黙の了解かも。色々あるとは思いますが。
Posted by カワセミ at 2005年12月09日 00:28
Y染色体など生物学的な事を持ち出すと、本当に血がつながっているのかということになる。話がどこまでも拡散していくだけで馬鹿馬鹿しい。歴史とは所詮共同体の記憶であって、物理的事実とは異なる。日本の皇室はまっすぐに神々に連なるが、近代的皇室像としては神聖性プラス模範的家庭像も必要となっている。戦後は特に大衆への直接的な露出を迫られるので、直系であって欲しいとの意識も出るのだろう。しかし、万世一系の伝承と神道の大祭司であることこそが政治的にほとんど無力な皇室が生き延びてきた秘訣でないだろうか。皇統維持は確かに難しい問題もあろうが、1200年も生き延びてきたのだもの、側室などの昭和天皇も拒否したような手段に頼ることもなく、そのうちになにか智慧が出ると信じている。有識者会議とやらは確率論などを持ち出しているらしいが、y染色体に劣らないばかげた議論に聞こえる。皇室ご自身に考えていただくのばベストであり、政治はお手伝いすればよい。なぜ今急ぐのか疑問である。
Posted by まつ at 2005年12月12日 17:50
まつ様、コメント有難うございます。ちょっと関連することを思いついたので、微妙にエントリに補足を。

まず、今の動きは背景が色々あり、多分皇室自身の思惑も色々錯綜して、言えない事も多いのであろうと思います。もちろん客観的には拙速感はあるでしょう。

エントリに書いた「神聖な部分の抽出」という感覚は、そんなに的外れではないと思っています。そして現代の皇室に包容力を求める一方、排除の論理もあり、「ヨソモノ」が皇室に入るとか、まして天皇になると言うことに関する抵抗感は、むしろ高まってきているのではないでしょうか。昔の日本は大家族でしたし、親戚の中で一族の長老的な存在も少しは残っていたでしょう。しかし、核家族化にともない親戚付き合いも減った現代の日本人は、皇室にも無意識にそれを投影させ、血縁が近い間で継承されるべきだという事を見えない要求事項として抱えているのではないか、という気がしています。この推察がある程度当たっていれば、今後非婚化も進む近未来の日本では、血縁が遠い人間の継承はますます認められにくくなりそうです。時間をかけて議論すればするほど、議論の内容とは別に感情的に直系重視に傾くかもしれません。

自分の感覚としては、皇太子殿下か秋篠宮殿下に男児が誕生すればそれは「正統」視されるのでしょうが、それ以上に血縁が遠いと、現在の宮家ですら候補としては「二流」視されるのではなかろうかと思っています。可能不可能の問題はありますが、男系論者はもっと早い段階からこの範囲に候補を絞り込む戦略を取るべきだったのではないでしょうか。旧皇族の復活などは言い出した時点である種の陥穽に陥ったのかもしれません。国民が要求している見えない要請に応えられないという意味で。その意味では国民の啓蒙に動くより、無関心化を目指したほうが望む結果が出るのかもしれません。

まぁ、根拠の無い直感なので、そう思う人もいる、という程度の話です。マジョリティがどこかという読みがあくまで本エントリの趣旨です。
Posted by カワセミ at 2005年12月15日 01:29
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/1267792

この記事へのトラックバック

天皇家維持は無理ということ
Excerpt: 11月25日付の読売新聞に、皇室典範有識者会議の最終報告書が掲載されていた。 女系・女性天皇容認及び長子優先に対して、さまざまな批判があった。男女同権を天皇家という伝統を基盤とする系統に適用するのが正..
Weblog: Tagebuch(たーげぶーふ)
Tracked: 2005-12-08 18:59

女系天皇の是非
Excerpt:  天皇は皇室典範で規定される存在。で、現在、そこでは天皇は男系男子で継承されると
Weblog: <strong>Silly Talk</strong>
Tracked: 2005-12-09 06:48