2005年09月04日

中国の周辺としてのベトナムの歴史

 中国と日本の関係がギクシャクしているので、アジア各国は困っているようだ。安保理常任理事国問題その他での各国の動きはかなりややこしい。世界にある大半の国は我々が思っている以上に受動的な外交をしているというのを認識しておいてもいいかもしれない。
 一方でこれをチャンスとばかりに日本企業の進出を期待している国もあり、ベトナムはその代表格といったところか。日本人の活動も最近活発なようだ。この付近のサイトはなかなか楽しいので紹介しておく。また年内のWTO加盟を目指して外交的な働きかけも活発なようだ。ちなみに日本はこれを支持し、他国に対しての働きかけもしている。小泉首相とカイ首相は親しいというような話も伝えられており、案外小泉首相の個人的なリーダーシップかもしれない。

 ベトナムは中国の周辺にあるということで、古来より随分苦労してきたようだ。後漢の伏波将軍馬援は中国人にとっては英雄かもしれないが、ベトナムにとっては民族的英雄のチュン姉妹の敵でしかない。さしずめベトナムのジャンヌダルクといったところか。今に至っても国民の人気は高いようだ。
 ベトナムと朝鮮半島の比較は面白い試みかもしれない。朝鮮半島は、地域主義が強い面はあっても比較的早期に民族的な一体感を得ていたようだ。新羅成立が大きかったかもしれない。それと比較すると、ベトナムといっても北ベトナムに限定して考えたほうがいいだろう。そして大勢力の周辺でローカルな中心を自称して小中華主義となるのは案外よくあるパターンで朝鮮半島に限らない。キン族もその傾向があったようだ。中国に次ぎ地域では文明的な存在であると。少なくとも近世までは一定の相似性があったのではないか。そしてその後の展開は誰もが知っている通りだ。恐らくベトナムのほうが、より厳しい現実に揉まれた結果、観念論に逃げなかったということではないだろうか。一国の歴史をそう簡単に語っていいものではないが。

 個人的には南のチャンパ王国の歴史を直接継承する国家が継続するとどうだったかと夢想する。(ちなみになぜかWikipediaの項目が妙に詳しい。同じように考える人がいるのだろうか)この付近は日本人には馴染みが薄いが、沖縄や台湾との関係という点でももう少し見直されるべきだろう。日本が江戸時代に鎖国しなければこの国の運命は変わっていただろうか。日本は北部のキン族よりこちらに肩入れしたか、それとも逆か。明の海禁政策の時期なら影響力はなおさら強いだろう。そして日本でもイスラム教がそれなりに信仰されただろうか。フランスの植民地支配の経緯はどのように?歴史のifを語るのは禁物とはいえ、興味は尽きない。

 現在のベトナムは、ドイモイ政策を受け継いで改革を進めているが、米国あたりから見ると依然として人権には問題ありとされている。例えば上院での報告などがこのようにあるが、恐らくこの見解は正しい。(専制政治の例に漏れず、米国がこの種の問題にうるさいことを軽視した結果か)そして国内的には、やはり中国同様官僚の腐敗が深刻なようだ。南北朝鮮とベトナムの現状は、政治においては国民性云々よりシステムの問題が決定的だというのを象徴しているようにも思える。遠い国に幻想を抱き、親しくなると失望するのは日本人に限らない。しかし、プロとして国民を代表し政治に携わる者が専制政治の国に過剰な期待をするのは、80??90年代の対中外交の誤りと同質なものとは言えまいか。ベトナムは長期で見れば明治期の日本のように徐々に国民国家としての民主的様相を強めていくかもしれない。しかし、まだまだ時間のかかる話ではないだろうか。
posted by カワセミ at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 北東・東南アジア
この記事へのコメント
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/1267760

この記事へのトラックバック