2005年09月01日

近代トルコのケマル主義の成功とは

 ハリケーンによるニューオーリンズの被害、バグダッドでの橋からの転落など、多くの犠牲者が出る悲劇が報じられている。心から哀悼の意を表したいと思う。
 もちろん大変な悲劇であるので当然ではあるが、そのため欧米でも国際ニュースの関心はどうしてもそちらに向いてしまう。しかし奇しくも北オセチアでの占拠事件から1年であり、チベット占領から40年でもある。いずれも関心が一時的にそれているのは皮肉な現象のようにも思える。いくつか政治的なリアクションが進展する可能性があるトピックだと思うのだが。

 そういう昨今の情勢とは無関係に、ふとトルコの事を考えた。最近ではEU加盟問題が話題になっており、予定では10/3にEUでの加盟交渉開始となる。しかし欧州では反イスラムの風潮は強くなっており、今回もキプロス承認問題を理由にEU外相理事会では慎重意見多数となった。おまけにドイツではより保守派の政権が誕生しそうな雲行きである。トルコとしては至難な道のりだろう。しかしEUに加盟することがトルコにとって本当に幸福な道なのだろうか。この興味深い歴史を持ち、文化の狭間に存在する国は常に悩んでいるようにも見える。

 先史時代ならともかく、歴史時代、それも近代になればなるほど、指導者の資質が歴史に及ぼす影響は深い。しかし20世紀はどちらかというと負の側面のそれが目立ったかもしれない。個人で世界歴史に及ぼした影響が大である人物となると、ヒトラーであったりスターリンであったりする。では正の影響を持つ人物として挙げるとどうだろうか。存外挙げにくいが、ケマル・アタチュルクはどうだろうか。世界的に見ても、20世紀で5本の指に入れてもいいのではないかと私は思う。
 手軽なところではWikipediaの項目もまずまずではあるし、そもそも参考書となる書籍の類に困ることも無いだろう。私がこの人物に関して最も優れていると感じる点は、多民族の広域帝国を否定したことだ。過去に栄光の時代を持つ古い歴史の国はどうしてもその残照が邪魔をする。ギリシャですら国際社会に過大な要求をすることしきりだ。オスマン・トルコの栄光は世界に冠たるものであったし、普通の国ならそれから簡単に脱する事は出来ないだろう。

 これは20世紀以降の歴史の本質なのであろうが、この多民族を統治する広域帝国はほぼ全てが失敗している。オスマン・トルコもそうだし、オーストリア=ハンガリー帝国もそうだ。時代が少し下がったソ連もそう見れなくも無い。大日本帝国も、太平洋戦争でうまく講和して存続などしていたら末路は悲惨だろう。このあたりに共通するのは、テロ頻発などでとにかく治安維持などの社会インフラ維持のコストがかかり、経済効率が悪く、赤字続きで中心となる本国が疲弊することだ。フランスもなまじ地理的に近く、他の植民地と別扱いのアルジェリアに未練を残して大失敗した。やや関連したエントリを書いたこともあるので場合によっては参照して欲しい。日本の戦前の満州・朝鮮もどのような歴史過程を経てもアルジェリアのパターンだったろう。成功するのは完全に国民国家として統合したときだけだ。日本を例に取れば、台湾でやや成功の可能性が高かったくらいか。それと人口が少ない南洋諸島の一部程度といったところか。恐らく、この付近のルールを最初に察知したのは米国と次に英国だろう。米国の場合は対中南米で問題続きの割に深手を負わなかった。引きどころがうまいのだろう。ただこれは国によってタイミングというか、運もある。植民地からの移民に対する嫌悪感が増大していた社会情勢がその方針を補強した。

 そのような情勢を思うと、ケマルはあの時代としては、まさに先覚者ではないだろうか。議会政治と法の統治、政教分離など、近代国家の基礎となるコア部分をキリスト教文化と混同せずに導入した。日本の歴史を参考にしたとも聞くが、しかし島国の日本のように地理環境の隔絶がないのに、そして重要な通商路となる海峡を擁しているのに妙な色気を示さず選び取った道だった。そして専制的な政治を行いながらも議会政治を育てた。当時のトルコ社会の伝統を思えばどれ一つでもそこそこ出来ただけで歴史に名が残る。これだけ多くのことが出来たのは、やはり対外戦争の英雄だからだろう。思うに、19??20世紀前半で欧州諸国と戦争をしてそれなりに健闘可能だった国はここくらいしかなかったのではないか。ケマルは愛国者であるという国民の信頼を得ることが出来た。戦争が強くないと駄目だというのはある側面の真実なのだろうか。

 そして事実として、トルコは戦後NATOにも加盟し、民主主義の世俗国家として他の中東諸国とは隔絶した道を選んだ。もちろん国民は近隣のイスラム諸国よりよほどましな生活をしている。先のイラク戦争でトルコ議会は米陸軍の国内通過を認めなかったが、米国は同盟国の裏切りに怒りつつもそれを容認したのは、トルコの議会政治の伝統に対する敬意が存在していたからではないだろうか。議会の扱いに苦労する国内政治があればこその対応だろう。

 他の中東諸国はケマルのような人物に恵まれなかった。イランは場合によっては近代化の可能性があったかもしれないが、歴史の女神は微笑まず、不幸な展開を示したといってはいけないだろうか。
posted by カワセミ at 22:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 西南アジア・北アフリカ
この記事へのコメント
>これは20世紀以降の歴史の本質なのであろうが、この多民族を統治する広域帝国はほぼ全てが失敗している。

インドもこの例に入れても良いかもしれません。
インドの場合、民族ではなく宗教の違いで分裂しましたが、本質的には同じことでしょう。

こういうことを指摘されると、未だ分裂を経験していない唯一の多民族広域国家である中国がどうなるか、考えたくなりますね。
内モンゴル、ウイグル、チベットの独立は、長い目で見ればやはり必然なのでしょうか?
Posted by Baatarism at 2005年09月02日 12:59
>多民族を統治する広域帝国はほぼ全てが失敗している。
私は経験主義者で、加えてカワセミさんと Baatarism さんの分析に心から同意するので、いつもいつも「BRICs の将来性!」の様な記事を見るたびに強い違和感を憶えます。ブラジルを同列扱いするのは若干気が引けるものの、BRICs こそはまさしくこの「20 世紀的失敗他民族帝国」を指した言葉であるわけですから(インドは民族をカースト制度を使って隠蔽していますが、結果として国内の統一すべき対象が地理的・水平的なものに加えて階級的・垂直的なものを含んでいる、という形に変わっただけで、本質は変わっていないでしょう)。

これらの国家に共通する特性とは、
・多民族国家であり、かつ、単一民族が他の民族を支配している。さらに、その他の民族出身の国家指導者が出現しない(スターリンが登場したソ連は、それ故にこの定義からはずれてきます)。即ち、人的資源の集中性に問題がある
・にもかかわらず、単一の民族を超えた地理的領域を支配することで、物産的、資源的には豊かである
というもので、結果として

・民生技術を消費する。即ち、世界的標準と比較して民生技術の開発能力に問題がある(国内企業が競争の結果出力してくる技術を、国家的規模で統合して運用できないから)
・国内統治の必要性から、(民生技術水準の停滞から、本来は比較優位を取れない分野であるにもかかわらず)軍用技術・重工業へ資源を傾斜配分する。例えば、BRICs は全て自動車と航空機を自国で設計・生産可能(ただし、技術水準は――経済性を伴わないほど――低い)

・以上より、いわゆる経済学的意味での「利潤」発生母体が、新古典派的イノベーションによるものよりも、マルクス的搾取によるものに偏る。

……本当に、戦後日本がたどった道のりとまったく逆のパターンで、しかもこの国々が経済成長を遂げることは、最終的に物質的資源の浪費と知識の非集約をもたらすわけです。つまり、彼らの成長は市場と通じて彼らとコミットする他の国家に対して、比較優位的な意味での利潤はもたらすにしても、それを超えた絶対優位的な意味での利潤をもたらしません。……一緒に仕事したくない相手、というわけですね。

>Baatarism 様
>内モンゴル、ウイグル、チベットの独立は、長い目で見ればやはり必然なのでしょうか?
中国が、今のままの「漢民族優越型他民族国家」を指向するならば……そうでしょう。しかし、一方であの国は、「科挙さえ通れば、日常言語が異なっていようと、食生活が異なっていようと、浙江省の人が宰相を務め、陝西省の人が軍務を行う」といった方法論を元々は持っていた国家です。もし、この形の(いわば帝政ローマ型の)他民族帝国を彼らが構成できれば、結果は異なってくるのでしょうが……

>カワセミ様
>大日本帝国も、太平洋戦争でうまく講和して存続などしていたら末路は悲惨だろう。
大東亜共栄圏の最も愚かだった点の一つは、そのイデオロギーに魅力がなかったことだと思います。……本当に 21 世紀までのこる大東亜共栄圏とは、つまり総理大臣を李登輝が、以下商務大臣:リ・クァンユー、教育大臣:マハティール、軍務大臣:毛沢東、陸軍総参謀長:スカルノ、与党幹事長:周恩来が努め、それを日本人官僚と技術者と軍人が補佐する。そして、全ての行政文書には日本・漢・満州・蒙古・韓皇帝玉爾以下各地の神聖王権の承認印が押される。そういう、社会だったはずなのですから。
Posted by 名無し at 2005年09月02日 18:28
 イデオロギーということですと、日本はイデオロギーというものが苦手なだけでなく相性が悪いのかもしれない、と思えます。日本という国はどこまでも現実主義の国ではないでしょうか。ところが、イデオロギーが関わってくると、持ち前の現実主義も調子が狂っておかしくなってしまう。そんな気がします。
 多民族帝国の困難を考えると、韓国を保護国化して改革してから独立させようと考えていた伊藤博文は、超一流の政治家だった、ということなんでしょうか。
Posted by 妖怪 at 2005年09月03日 02:35
>Baatarism様
民族の定義自体も宗教だったりするので難しいですが。ナチスのユダヤ人定義とか。ベルサイユ条約時の日本の人種差別禁止の提案失敗も、宗教と取った人が多いせいもあったという事です。ただインドは元々多様すぎて統一をベース的に考えないほうがいいかもしれません。

>名無し様
固定ハンドル&常連化希望。というのは置いといて(^^;)
論にはほぼ賛成です。BRICsに関しても、先進国の中間層??貧困層のその立場なりの既得権益がそれらの国にシフトした結果が現状と思います。貴殿同様私もブラジルだけは別扱いですね。欧州の政治的伝統を引き継いでいる大国として、距離の問題が少なくなってきた近年の経済情勢もあり、比較的未来はあると思います。経済における重厚長大への傾斜は、官僚的非効率として議論する内容なのでしょうが、やはり自由主義的な経済がどこまで発展するかが指標なのでしょう。そうなると、もう少し現実的になれば次にロシアとなるのでしょうが、あの国は政治家の判断が大事な時期に限って・・・・
中国に関しては、人口比と現実としての軍事力が圧倒的で一定の文化的浸透もあるので、冷酷なようですが日本のアイヌ的なオチになる可能性が高いと思います。ただ新疆ウイグル自治区だけは大変かもしれません。モンゴルも内モンゴル併合の国境線変更は可能になっても乗り気でないでしょう。国内に漢民族を多く抱えすぎる形になります。
大日本帝国ですが、日本人は自国文化への完全統合以外容認しなかったと思われます。既に近代に足を突っ込みすぎていて、あらゆる事に関する要求水準が違いすぎました。やるのならソ連の旧東欧みたいな衛星国扱いでしょうが、冷酷になりきれず善意の部分が邪魔をして失敗のパターンでしょうか。

>妖怪様
伊藤博文は、直接には英国の人の悪さに辟易としながらもそこから学んだ事の多い人物に思えます。本人も啓蒙など面倒という人の悪さがあったかも。でも判断としては正解ですね。アメリカのように、要所では最後まで貫徹する決意というのがあれば別ですが、それもまた日本人と相性が悪そうです。

> 、様(でいいのかな?)
アフリカの現状ですが、ミもフタも無く言いますと、そもそもあの苛酷な自然環境で支えられる人口は今よりずっと少ないのではないでしょうか。どうしても我々は先進国の基準で考えがちですが、欧州が植民地化する前のアフリカは人口も少なく、自然の摂理でそれも上下しました。農業や牧畜といった食糧生産システムが有効に機能しない地域では、それが普通の現実でしょう。実際に比較的気候に恵まれた南アフリカ近傍はまだマシな状況です。日本や西欧も米や小麦といった特定の作物がなければ近代近くまでどうだったでしょうか。もちろん、アフリカにおいては国境問題がどうなってもこの現実は動かないでしょう。どう線引きしても経済が抱える問題は変わらないと思われます。南アフリカ周辺がが本格的な経済発展をすればあるいは、と思いますが・・・・・
Posted by カワセミ at 2005年09月04日 01:16
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