2005年04月20日

欧州の周辺としての北アフリカ

 中国のニュースで一喜一憂する世間に面白くもないと思いつつ過ごす昨今。ふと目に付いたこれをamazonで購入してみる。カミュ作「異邦人」(参照)。カミュの出自を最近再確認して、気になってまた目を通してみようかと思ったのだ。今更言うまでも無い著名な古典であり、私も若い頃に読んだような気がする。薄い文庫本で数時間程度で読破できる内容ではある。もっともそこから受ける印象は若い頃のそれとは違っていたが。
 この作品が何をどう表現しているというのは、それこそ世界中で何十年も語られてきたことなので省略する。印象に残ったのは舞台となっているアルジェリアの首都アルジェ近辺の奇妙なほどに鮮明な風景だ。映像的と言っても良い筆致である。そしてフランス人の視点を通しているのでそこでのアラビア人は野蛮なだけのよそ者のような印象。若い頃は主人公の不条理さや内面的な真実性だけに目が行っていた気がする。しかし今はもう少し引いた、行ったことも無い場所への奇妙な現実感がむしろ残る。殺人を太陽のせいと表現した主人公の言にすんなり納得してしまうのは、年を取ってむしろ私が妙な先入観を持ったからだろうか。
 アルジェリアがフランスの植民地だったのは周知の事実である。ただ、他の植民地と違ってここはフランス本土と同等という扱いであった。だからアルジェリア独立戦争に関しても当時の他の植民地と扱いは違ったし、現代においてもフランス人の意識は微妙である。この付近の事情はこのあたりを読むと若干なりと参考になるだろう(参照)。この件は戦前の日本における韓国の地位と若干かぶる部分があるかもしれない。それゆえ、昨今の教科書問題などで複雑な摩擦が発生している近隣国のうち、韓国について欧州人に説明するときは「フランスにおけるアルジェリアやモロッコを想起して欲しい」と相違点がある事に内心眼を瞑りつつもそのように表現してみてはどうかと思う。いずれも権威主義的ではありながら、確かに近代化の始まりとはなったのだ。もちろんその一方で失われた人命は少なくないことも忘れてはいけないが。
 そしてこの付近のフランス人の複雑な感情は、1991年にイスラム原理主義政党が選挙で勝利し、クーデターで軍部が転覆した件でも微妙に表現された。アルジェリアは西欧的な民主主義があっても良いと考える人々がフランスを中心として欧州人には多かった。こういう潜在的に土壌がある(かどうかは知らないが欧州人がある程度そう思っている)地域にはテコ入れのような形で外部から強制的に民主主義を押し込んではどうかという論が盛り上がった。それは後にユーゴ紛争への対応にも影響している。そしてこの経緯をアメリカは良く覚えていた。イラク戦争で最終的にフランスは賛成すると考えたのは疑いない。アメリカにはイラクを北アフリカやバルカンに比べて文化的にはるかに下位に見下しているフランスの微妙な心情は随分差別的なものと思えたろう。それは遠くローマ帝国の版図とも関係しているし、19世紀のイラクはどこの勢力圏であったかという事実への屈折した反応かもしれないが、この付近のフランス人の感情をアメリカに理解しろといってもそれは無理かもしれない。
 モロッコはいま少し穏健かもしれない。欧州の諸大国の角逐の場であったが故に、20世紀近くまでまるまる完全な植民地というわけではなかった。相対的に短期間とはいえそれでもフランスの影響は強い。フランスとしてみれば、山のような投資を行って作り上げたカサブランカの大港湾施設が丸々取られたというところであろうが、所詮植民地支配のための投資ではあった。これまた日本の立場とかぶるが。いずれにせよ現代のカサブランカは欧州の一部のような著名な観光都市であり、ナショナリズムの傷も浅かったのか今のモロッコはEU加盟を希望してすらいる。(もちろん経済的な利益が主目的で、そもそもまるで無理な話ではあるが)それにしても2度にわたるモロッコ事件は欧州大戦の可能性と関係していただけに、バルカンではなくこれが発火点だったら、この付近の地域の運命は相当変わっていただろう。
 そしてこういう歴史は北アフリカの人々の言動に微妙な影響を及ぼす。イスラム教徒といってもアラブ人と同一視されるのを嫌がり、「我々はより文明的な地中海人」と表現したりする。必ずしもベルベル人の言だけでも無いようだ。欧州風な国民国家的雰囲気ではある。ただ先進工業国ではあまり公然と表現しなくなったこの種の差別的な言動の実態はこういう国家でより深刻ではある。マレーシア人は貧乏人を「タイから来たのか」と揶揄し、イラン政府は「パキスタンごときが核兵器を持っているのになぜ我々が駄目なのか」である。良くも悪くも日本や欧州は奇麗事が身に付いたのか。本当に良くも悪くもだが。
 オランダの映画監督暗殺事件が与えた衝撃は大きい。あの国のイスラム教徒の半数はトルコとモロッコの出身者で占められる。欧州のリベラルな政治家が多文化主義を標榜しつつ「よりましな文明人の仲間」として優遇したのが目に見えるようだ。だがそれは中途半端さゆえの悲劇に結び付いたのではないか。興味深いblogを見つけたのでトラックバック。いい記事多いなぁ。うむむ。
posted by カワセミ at 21:43| Comment(4) | TrackBack(5) | 西南アジア・北アフリカ
この記事へのコメント
はじめまして。

パリ市長が最近アルジェを訪問し、フランスの植民地支配を「謝罪」したそうです。それに先立って、在アルジェリアフランス大使も「謝罪」を行っているようです。このことをルモンドで知り、アルジェリアの新聞も読んでみたのですが、両国の新聞がかなり似通っていて、アルジェリア側が社説も含めてかなり「冷静」に受け止めているように感じました。特に、小泉発言に対する中国、韓国の反応と比べた場合、それを感じます。

国家元首ではない点、市長の所属政党が社会党である点等々、様々な要因があるとは思うのですが、2月23日の法律や、上にご紹介なさっているルモンドディプロマティークの記事に書かれた教育現場での状況のことを考えると、東アジアでの歴史問題との違いは何なのだろうと思ってしまいました。

ちなみに、↓のような「熱い」サイトもありましたが。
<a href="http://www.piedsnoirs-aujourdhui.com/ac_setif45.html" rel="nofollow">http://www.piedsnoirs-aujourdhui.com/ac_setif45.html</a>
Posted by GUMIZAVESE at 2005年04月28日 20:07
はじめまして。トラックバック・コメント有難うございます。
貴ブログは知らなかったので、今後も時々拝見させていただきます。

アルジェリアの事情ですが、確かに東アジアの情勢と違う点が多々あります。
ややまとまりがないですが、思うところをつらつらと書いてみます。

まず、普通の国は、自国が一番周辺に影響力が強かった時期を無意識的に基準にする傾向があります。日本はそれと自覚することが少ないのですが、恐らくは鎌倉時代近辺からかなり長期の上昇トレンドが継続してきた珍しい国です。そして古代文明が栄えた事のある国はやや屈折傾向があります。ちょっと記憶違いかもしれませんが、「世界三大勘違い民族」として揶揄されるのは中国・インド・エジプトらしいです。今回の件で言えば、エジプトのイギリスに対する屈折はやや東アジアのそれと共通点があるかもしれません。

次に、東アジアの事情ですが、韓国と中国がやたら日本に対抗意識が強いように見えますが、これは昔からパターンがあります。戦前にしても中国の知識人階級は反日でしたが庶民の評判はそう悪くも無く、南京占領時も当初の反応としては「日本が統治するなら治安は良くなるかも」と好意的な反応もあったようです。(そういう意味で、虐殺や非人道的行為の規模の議論はともかく、当時期待できたかもしれない高めの基準からすれば日本の大失敗であることは間違いない)これは戦後も実は大差なく、反日は知識人中心です。日本のマスコミが戦後長い間反米的だった事実とも一部重なるかもしれません。庶民はやはり格上の国だろうとすんなり認めてはいるようです。また韓国に関しては分断国家の屈折があり、旧西ドイツの世論は様々な局面で微妙でした。今すっと名前が出てこないのですが、西ドイツのとある有力な政治家が「実は西ドイツの戦後の安全保障上重要な決定は、ことごとく世論の反対を押し切ってなされたものだった」と述懐したのは印象に残っています。我々が思う以上に東アジア諸国の連携は「可能性としては」あるのですが、政治の論理としては可能性が非常に薄いと言わざるを得ません。

またこれに関連しますが、教育の問題があります。これも日本人の自覚し辛いことですが、近代社会における高等教育をほぼ完全に行う事が可能な言語は、世界中にそれほどの数はありません。(もちろん英語の引用はどこでも必須としても)大学で使う教科書は日本は日本語ベースですが、多くの途上国でこれがどうかを考えるとどうなるか。当然アルジェリアは英仏でしょう。そして知識人はフランス的である事がステータスになるでしょう。これが例えば韓国だと、ハングル化を全力で推進したり旧日本の伝統を極力排除したりということをやってきました。知識人階級の世論は当然違ってきます。

総合的に考えて、中国はまぁああなるのは状況からして無理ないかな、韓国はちょっと悪い条件が今まで重なりすぎてしまったな、というのが私の基本的な考え方です。朝鮮半島は地域主義が極端に強いというおまけまでありますしね。
Posted by カワセミ at 2005年04月29日 01:31
はじめまして
TBしましたのでコメントを。
昨日初めてお邪魔したのですが、非常に参考になるブログで、これからも読ませていただこうと思っています。
つたないエントリですが、よろしくお願いいたします。
Posted by とんぼがえりベイビー at 2005年04月29日 16:15
とんぼがえりベイビーさん、はじめまして。
こちらこそ恐縮です。欧州関連のチェックは私も甘いかもしれず、参考になります。

今回の日中のもめ事が世界的に及ぼした影響はそこそこあるようで、様々な所である種の「確認作業」が進んでいるようですね。その意味で今回の日本、今までに無くかなり外部の目を気にしつつ進めたフシがあり、好ましいことだと思います。
Posted by カワセミ at 2005年04月30日 11:23
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