2005年04月06日

対北朝鮮経済制裁論の行く末

 北朝鮮に経済制裁を行えとの議論が盛んである。しかしながら、合理主義的な保守派からはこれに慎重であるべきとの論が強く、一定の合意を見ているようでもある。私もそれに賛成である。
 実のところ議論としては極めて明快なのである。過去に米国といえどもも単独で経済制裁を行った場合は今ひとつうまくいっていないという事実と、日本の経済制裁が他国によって補填されてしまえば意味が無いという当然の事実による。後者に関しては、明快であるにもかかわらずマスコミでの議論は敢えて避けられているという情勢だろうか。現在主流となりつつある安保理決議を待つべきだという見解が正しかろう。
 外交上懸念されるのは、中国というよりむしろ韓国の側である。日本が経済制裁した場合、北朝鮮の政権の特性を考えるに、民衆の生活をある程度犠牲にする形で当座の補填をするであろう。そして「日本のせいでこのように民衆が困っている」と吹聴し、韓国が「同じ民族の困窮を救え」と山のような物資を北に送る、というような筋書きであろうか。それを止める手立ては当面無いし、その局面を生み出さないよう日米共同で外交的に対処しておく必要があると思われる。安部幹事長などは単独制裁辞さずの議論をしているが、恐らく小泉首相と連携した世論のガス抜きではなかろうか。客観条件だけ見れば、上記のような感触を政府の当事者は皆良く知っているのである。
 なお、北朝鮮の核開発問題に関して、それが体制の維持と直結しているだけに、外交的解決は困難であると私は予想している。拉致問題も同様である。この予想はぜひ外れて欲しいものだ。
posted by カワセミ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 北東・東南アジア
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