2005年03月29日

日本における安全保障の議論

 昨日のエントリにも少し書いているが、日本の安全保障に関しても少し細かく述べておこうと思う。不思議と日本国内での議論で、私が言うような話され方をされる事が割合的に少ない気がするからだ。「そりゃ当然○○だからだ」というコメントがあれば歓迎したい。

 まず、安全保障問題を、「国民の生命、財産に対する脅威」に関する問題であると定義する。この問題には様々なレベルがあり、明日隣国が本格的に侵略してくる、核兵器で攻撃されるという最悪の事態から、日本人が生み出した富を多少収奪されるというものもある。いくつか具体例を挙げてみたい。

 ・領土紛争を抱えており、場合によっては自国の兵士や民間人が死傷する。
 ・そこまで深刻な事態ではないが、資源の領有を巡って争いがある。
 ・在外資産の接収が行われる。
 ・国内、ないし海外で活動している日本国民が殺害や誘拐等の犯罪のターゲットとなる。
 ・不利と思われる内容での商業上の取引を強要される。

 さまざまな内容が想定されるが、いずれにしても安全保障に関する政策は、自国の安全保障に対する要求内容と水準をどの程度に設定するかに第一義的に規定される。

 この一例として、対北朝鮮で問題となっている拉致問題を取り上げてみたい。日本人はこのような犯罪を絶対容認しない。私もこの考えに強く賛成する。このstandpoint1989さんのような見解は大事にすべきであろう。米国で「こういう拉致事件があったらどう対応するか」とある上院議員に聞いたら即座に「海兵隊の出番」と返ってきたそうだ。どう対応するかの問題はともかく、この「個人の人権」を大切にする視点は肝要である。民主主義の根幹は自己決定権であり、自分の人生は自分で決められるということにある。だからこそそれを剥奪するこのような拉致事件は、民主主義の古い伝統がある欧米では、筋金入りの自由主義者ならずとも絶対に容認されないのだ。日本で「向こうでそれなりの暮らしをしていたのだからいいじゃないか」というような連中がどういう政治的態度を取っているか考えると良い教訓になる。
 しかしながら、これを世界的視座で考えてみたらどうであろうか?韓国は日本よりずっと多くの人間を拉致されているのに融和的である。もちろんこれは親北の世論の屈折が原因で感心できることではないが、北の政権崩壊による過大な重荷に対する恐怖が背景にあり、安全保障上より厳しい環境にあるからでもある。そして実際に国境紛争が絶えず日々何人も住民が死傷するような地域ではどうであろうか?もちろん拉致問題などは誤差範囲程度の話で議論にもならない。

 このように、安全保障に対する要求水準は、それぞれの国の置かれた状況や歴史的経緯、国民意識などによって様々である。そして高い要求水準を満たすにはコストがかかる。そのため経済力との相関があるし、自国の軍備の充実度、同盟の強固さに関係する。そして日本の要求水準は世界的に見てどうなのか?疑いもなく最高水準であろう。その最高水準を満たすためのコストは現状においてどのようなものか?そのため必要な軍備はどの程度か?どういう外交であるべきか?整理された議論が必要だと思う。

 その観点からして、過大な要求をする民族主義者に限って同盟軽視の傾向があり、基本的に論理矛盾という観が拭えない。要求水準や現在の脅威度を低めに設定する社民党や共産党のほうがまだ見解としては整合性があるかもしれない。適切かどうかは別にしても。そして安全保障を共にする同盟外交は、要求水準の類似した国と組まないと機能しないという事も示唆している。
posted by カワセミ at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内政治・日本外交
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