2008年08月13日

グルジア情勢とNATOの今後

 グルジアでの紛争が再燃し、大きな国際問題となっている。最新の報道ではロシアが武力行使を停止したとされており、小康状態にはなったというところだろうか。この問題はあまりに複雑な要因が絡んでいるが、国内報道への違和感もあるので多少言及しておこうかと思う。

 全般としてはBBCのこの記事が簡潔に南オセチアにおける経緯をまとめており有用だが(参照1)アブハジアも含めもう少し経緯を記述したものとして、(論調には異論があるかもしれないが)ル・モンドの以前の記事も背景として参考になろうかと思う。(参照2)またこれも少し以前であるが、このopenDemocracyの記事も推薦できる。(参照3)いずれにせよ、現地の状況と国際社会ではどのような枠組みで対応してきたかということが重要であろう。

 南オセチア・アブハジア両地域では比較的整然と選挙が行われ、実質的には国家としての体裁を整えている。そして上記の記事にあるように、グルジア領内で強く分離独立を唱えている両地域においては、住民の多くがロシア国籍を有しているということがある。つまりロシアとしては保護の義務があると考えていたわけである。そして分離独立はロシアへの併合となる可能性が相当高いと考えられる。次にこの地域には平和維持軍が展開しているが、これは欧州安全保障・協力機構(OSCE)の名目で出されているものである。実態としてはこの組織がロシア軍の展開に国際的な正当性を持たせるために容認したという事であろうか。しかしその一方で、アブハジアには安保理決議を受ける形で国連グルジア監視団も展開している。国連であるので複数の国が関係しており、また2006年7月のグルジアの挑発行為も非難されているということがある。(参照4)

 つまり南オセチアとアブハジアの両地域の状況は違うと多くの当事者は考えているのだろう。アブハジアはEUの経済協力も一定程度進んでいる。例えばイングリ川発電所などが代表である。治安が回復すれば従来のようにリゾート地として観光産業による収益も期待できるだろう。ちなみに2014年冬季オリンピックが開催されるソチはロシア領であるがごく近い位置にある。そして欧米の外交官も、独立は認めないとしながらも一定の交流があるようだ。その一方で南オセチアの産業は農業主体であり経済力は弱い。そのため南オセチアにおける行政府の主な収入は関税であり、国家として承認されてないため、通常では違法となるような内容も含むようだ。過去にはドル偽札への関与も報道されており、北朝鮮などと並列に扱われる形でワシントンポストその他が報道している。(参照5)そのため欧米や、何よりグルジアでのイメージは随分悪いものであったようだ。南オセチアはアブハジア、沿ドニエストルと共闘することにより独立を目指しているが、アブハジアと比較して不利と感じていたのは間違いなく、焦燥感は大きかったのではないだろうか。そして国境紛争は間断なく続いていたようだ。つまり今回の紛争、南オセチアの行為に対して大きな不満を抱えていたグルジアがいつも以上に過剰な反応を行い、ロシアがさらに過剰な反応で対応したというのが正確なところではないだろうか。

 日本国内では欧米がグルジア寄りとする論調が多いようだ。全体的にはそのように言えるかもしれない。しかしグルジアへの直接支援を性急に決定したというわけではない。ロシアの対応も平和維持に有害という形で非難している。OSCEの権威(そういうものがあったとすればだが)を低下させ、共に平和を維持する責務を果たしていないという見解は正確だろう。加えると、今回の軍事作戦が整然としたものであり、グルジアの現在の政府を打倒する作戦計画の発動を疑われたのも間違いないだろう。当然ロシアとしては様々なオプションを用意していたとは思うが。いずれにせよ、グルジアは正統政府を任じるからには南オセチアに多くの責任を果たさねばならず、一定の非難も当然であるが、ロシアの責務はそれ以上のはずであるということであろう。

 コソボに関しても以前エントリを書いたが、この時には各国がこれはバルカンでのみ適用する特殊例だというのをしきりに強調していた。対応に疲れ果てていた欧米各国の実情からは無理もない側面もあるが、やはりというべきか、このように影響が飛び火する。特にアブハジアは「こっちはコソボより条件が整っているのに」と思ったであろう。賢い指導者であれば将来のロシアとの合併を断念する条件で独立を得ることが出来たかもしれないし、場合によっては今後そういう展開もあるかもしれない。

 それにしてもこの種の事件が欧州諸国に与える影響は大きい。ただEU内にも温度差があるのは当然である。(参照6)以前ドイツなどの一部の欧州諸国は、グルジアのNATO加盟に関してその資格がある民主国家といえるかどうかの懸念を示していた。それは結果として当たっていたかもしれないが、しかしその一方で今回グルジアが主張する「NATO加盟が認められていればこのような事態は発生しなかった。ロシアに誤ったメッセージを送った」との主張もそれはそれで一理ある。欧州は正しさを実効性あるものに結びつけるのに苦労しているが、今回も例外ではないのだろうか。なお米国は一貫してグルジアのNATO加盟を支持しているようだ。これもこれで肩入れし過ぎかもしれないが、ただ関係国の未来がより明るいものになるだろうとは言える。

 さて、その一方でウクライナのNATO加盟に関してはドイツもかねてより支援方向であると伝えられている。(参照7)ウクライナではロシア黒海艦隊の帰港を許すかどうかなどで論争になっていた。今回の事態を受けて、ウクライナは全力でNATO加盟を目指すであろうことは容易に想像できる。これはNATOの大多数の国も容認方向であろうし、ロシアが反発するのも必至なので次のトラブルになることは間違いなかろう。今回、腰が引けた米国の威信低下を指摘する向きもあるが、全体としてはロシアが多くのものを失うのではないか。部分的な正しさが全体の行動の適切さには結びつかなかったように思われる。あまりにも周辺国に人気が無さ過ぎる外交は長期的に国益を害するのであろう。
posted by カワセミ at 23:12| Comment(0) | TrackBack(1) | カナダ・欧州・ロシア