昨年から眼病に悩まされ、最終的には網膜剥離で入院手術ということになってしまった。思っていたよりもかなり大変だった。評判の良い眼科ということもあり術後の経過は良いが、まだ何かと不便なのは否めない。とはいうものの、失明もせず生活も仕事も何とか継続できそうなので良しとするしかないだろう。追加で別の治療は考えないといけないかもしれないが。まぁ、そんなこんなで何とか生きている。
すっかり世情にも疎くなったのでなかなか復活とはいかないが、せっかくなので様々なテーマに関するちょっとした所感でもメモして、久々の挨拶としておきたい。
衆院選:
いよいよ明日が投票ということになった。今回は自民党が政権継続というわけにはいきそうもない。民主党も頼りない印象があるせいか世の中のフラストレーションは大きいようにも思える。しかし私としては、元々の期待が大きくないせいもあるが、今まで定期的な政権交代がなかった民主国家としては昨今の状況はまずまずなのではないかと思っている。もちろん真の論点は先送りにされ、数回の衆院選を経ないと意味のある論争は生まれないかとしれない。ただ30年くらいかかりそうなものが半分程度にまで縮められた印象はある。それはまだ見えにくいが良心的といえる少数派の議員、心ある官僚の努力の結果だろう。マスコミはもう一息で脱皮というところだろうか。紆余曲折は多いに違いないが。不安視されている外交・安全保障政策も、右派的政策は左派政権で実現が容易になるという性質を考えると、かなりの混乱を経た後に一定の成果は出せるかもしれない。歴史を振り返るなら、明治末期から大正期あたりの不安定な政党政治の時代がまた来るのかもしれない。その時とは異なり、今の日本人は議会政治の中にしか良い解は無いことを理解していると思う。
アフガン情勢:
率直に言うと展望は悪いだろう。破綻国家が世界に悪影響を与えるのは事実なので全く関与しないというわけにはいかないが、投入コストは青天井になりかねない。コストを絞って封じ込めに舵を切る戦略が最も適切と思われるし、英国は以前からこの意見が強い。保守派の間ではコンセンサスが出来つつあると思うのだが、オバマ政権がどのあたりでバランスを取るつもりなのかはまだ見えてこない。失敗と評価されるにはまだ若干の余裕があるが、国内政治の帰趨によっては政治的資源が急速に失われかねない。医療保険改革がアフガン情勢に影響ありというのは筋違いに思うが事実だろう。しかし米国の現状を思うと、日本の健康保険制度は自国民があまり意識していなかった様々な要素によって支えられているということを実感する。
G2論:
この種の言説に関して過剰に反応する必要はないと思う。過去は日本に関してもあったし、当面の成長エンジンに注目は集まりやすいものだ。ペッグ制の現実を考えるとG1論の変形の感もあるし多少の屈折も感じる。ただこの種のレトリックで持ち上げて国際的に有用な役割を中国に果たしてもらうというやり方はあるかもしれない。中国が貢献しやすい国際的な責務を民主国家で共同して考えてみるのは良い事だろう。例えば難民の受け入れなどは日本よりハードルが低そうだ。
新型インフルエンザ:
ワクチン輸入に関して不用意な言及。正直ぞっとした。意味が分かって発言しているとは思えないが。今少し深刻な病状をもたらすウイルスであれば世界はどう報じたであろう。
核廃絶問題:
この問題の本質を扱った論評が少ないと思う。つまり、この半世紀強という時間で、核技術を扱える国は潜在的に増加し続けてきたという事実を冷静に指摘しなければならない。1950-60年代あたりの、現在先進国といわれるような有力な工業国や地域大国の試みに
は、多くは米国が核の傘を提供するか、有効な安全保障上の関与を行うことで対処した。またこれは自発的に核開発を断念するに至った唯一のパターンであることにも注意する必要がある。そして、それらの米国の申し出に最終的に納得出来なかった国がインドなどのように核武装国となったわけだ。そして、パキスタンあたりを皮切りに、次の発展段階にあたるやや外交上の安定感に欠ける国々まで手を出せる段階に達したというのが21世紀初頭の現状というわけだ。リアリストの立場からこれに対処しようとしたら、核廃絶というようなテーマを挙げて時計の針を逆回転させようとするのは当然のことである。少なくともロシアをこれに納得させるのは充分可能と思われる。中国も現在の水準が高くないので微減程度で済むだろうし、核武装国の政治的資源は維持可能と踏めば協力は取り付けられる可能性がある。むしろ英仏あたりをどう扱うかがかなりの難題となる。
2009年08月29日
2008年12月31日
2008年を振り返って
別に1年のまとめというわけではないが、年末なのでちょっとした所感を記しておきたい。金融危機以来の状況の変化は大きいのでなかなか追いかけられない。エントリを増やしたいという気はあるのだが、どうにも途中で止まってしまうという状況だ。
麻生政権:
これは私の個人的な予想が大きく外れた結果になった。首相就任直後のマスコミの報道には違和感を持ち、そもそも解散など微塵も考えていないのだろうと考えていた。なってしまえばこっちのものとばかりに、「解散するために就任したわけではない。内閣総理大臣の責務を果たすために就任したのである」とでも発言して平然と任期切れまで居座るかと考えていた。しかしその後の各種報道、本人の発言を見ると必ずしもそうではなかったようだ。もちろん公に出来ない事情があるのかもしれないが不可解に思える。なぜなら、逆説的だが今の首相の政治的な拘束条件はあまりないからだ。次の選挙は普通にやれば自民党は下野する可能性はかなり高い。負けて元々、勝てば自分の手柄くらいに思えば少々強引な事も可能である。もっと理解できないのは定額給付金関連の経緯だ。こういう施策は行政コストの単純化を第一に考えないといけない。年収にかかわらずとにかく配るとして、富裕層は負担を増やすことにして帳尻を合わせるだけの話だろう。経済畑の首相にしてどうした事か。外交面では悪い対応をしていなくても、基盤となるのは国内での立場の強さだけにどうにもならない。つくづく人物と地位の関係は微妙なものである。次の首相が誰になってもどうなるか予想が付かない。やはり選挙区の候補者選定と党首を含む党の要職を選出する予備選段階の民主化を相当強化しないと日本の政党政治の先行きは暗いのではないだろうか。
雇用情勢:
逆境になると社会の悪い面が出てくるという点では日本に限らない。それでも、表面に出てくる事象に陰鬱さが目立つのは否めない。性格的にあまり明るい民族性ではない上に、儒教的な禁欲性が変な形で出てくる。そして日本の場合は福祉機能を一定程度企業にアウトソーシングしている面が強かっただけに、福祉機能ごと失われるという形で労働者へのダメージが大きくなる。一例を挙げると住宅だろう。欧州などは公営住宅にかなり力を入れる伝統があるが、日本は企業が寮を用意したりする。これは賃金以上に各企業の違いが大きいので、助成や優遇に関する措置は強化しなければならない。その一方で、居住は基本的人権の一環であるということもあるので、借地借家法などを再度整備して、企業の資産にも弱い義務を課すべきであろう。退去の通告は三ヶ月前には必要で、別途賃貸物件を紹介するなどの措置を取れば免責するといった具合か。事は住宅に限らない。必要なのは、基本的人権に関する保障というのをどの水準で行うかということなのだが、そういう大局的な議論は国政の場では極めて停滞している。その時その時のニュース性のある問題に対応するというのは、それはそれで一定程度大切だが、そればかりでは困るのだ。
地方分権:
前述の内容とも関連するが、私はこの金融危機で地方分権の流れは一旦停滞すると思っている。理由は単純で、日本中で中央政府に対して何とかしてくれという声が上がっているからだ。少なくとも政治の問題としては市や県に上がってくるわけではない。そして相対的に裕福な自治体も、自分たちだけ財政的に切り離されればうまくやれると考えて行動しているわけでもない。(もちろん、ミクロなレベルでは別だが)結局日本人自体が中央集権が好きだということなのだろう。これは根深い問題で、人間の物の考え方に依存するだけに容易に変化するとも思えない。やるとするなら都道府県の合併くらいだろうが、これも簡単とは思えない。日本人の自覚は薄いが、今の都道府県の区分はかなりの伝統と権威を有しているのである。
Foreign Affairs:
論座で日本語版を読んでいた人は多いだろう。休刊は残念なことであった。ただ英語版は本家を見れば良く、掲載状況は変わらないようであるのでそちらを参照するべきだろう。日本語で読めるものとしては、実は朝日新聞のサイトに一部の翻訳が掲載されている。(参照)軽く目を通すだけでも参考になることがあるだろう。一例として、個人的に気になったこちらの論文を取り上げてみたい。
この論文、内容に大きく異を唱える部分はない。ただ個人的な所感としては、米国の政治文化における特徴かもしれないが、概して民主国家連盟なるものそれ自体の結束に関しては過剰に自信を持ち過ぎているように思われる。(困ったことにこれ自体は美点であり、必要であるのかもしれないのだが)というのは、この民主国家連盟なるものをどのような位置づけに置くとしても、それが権威を持つのは国益のための互助会としてではなく豊かな国の責務として義務を果たす時だけであろうと思うからだ。例えば日本にしても、これ以上の義務を果たすことに積極的になるだろうか?日本ほどでないにしても、米国以外の民主国家はどこも充分に計算高いと思うのだが。
田母神論文:
上記の民主国家連盟もしくは類似の構想は以前からあり、日本はどうするべきかという本質的な議論は必要であり、先送りが続いているのが現状だ。それがこのレベルの問題で停滞しているようでは困る話である。それにしてもマスコミのみならずネット界隈でもこの問題に関する対応は極めて不可解である。通常、一定以下の水準の論説は話題にもならず黙殺されるのが通例で、今回もそうであろうと思っていた。それがこのような展開になるということは、自衛官の地位を奇妙なまでに過大評価しているということになるが、それは今までの世間の対応と矛盾してはいないだろうか。いずれにせよ軍人が偏った考え方を持っているということは世界的に見てもしばしばあるし、現状の自衛官もそれなりにはいるようだ。しかしながら文民統制の原則はあり、実際の行動には害を与えない成熟した状況が確立しており、こういうことがあれば更迭はされる程度の状況認識が自衛隊内部にあればそれで充分ではないだろうか。今回も問題の本質は国政の場での議論が稚拙であるということで、状況に変わりはない。
麻生政権:
これは私の個人的な予想が大きく外れた結果になった。首相就任直後のマスコミの報道には違和感を持ち、そもそも解散など微塵も考えていないのだろうと考えていた。なってしまえばこっちのものとばかりに、「解散するために就任したわけではない。内閣総理大臣の責務を果たすために就任したのである」とでも発言して平然と任期切れまで居座るかと考えていた。しかしその後の各種報道、本人の発言を見ると必ずしもそうではなかったようだ。もちろん公に出来ない事情があるのかもしれないが不可解に思える。なぜなら、逆説的だが今の首相の政治的な拘束条件はあまりないからだ。次の選挙は普通にやれば自民党は下野する可能性はかなり高い。負けて元々、勝てば自分の手柄くらいに思えば少々強引な事も可能である。もっと理解できないのは定額給付金関連の経緯だ。こういう施策は行政コストの単純化を第一に考えないといけない。年収にかかわらずとにかく配るとして、富裕層は負担を増やすことにして帳尻を合わせるだけの話だろう。経済畑の首相にしてどうした事か。外交面では悪い対応をしていなくても、基盤となるのは国内での立場の強さだけにどうにもならない。つくづく人物と地位の関係は微妙なものである。次の首相が誰になってもどうなるか予想が付かない。やはり選挙区の候補者選定と党首を含む党の要職を選出する予備選段階の民主化を相当強化しないと日本の政党政治の先行きは暗いのではないだろうか。
雇用情勢:
逆境になると社会の悪い面が出てくるという点では日本に限らない。それでも、表面に出てくる事象に陰鬱さが目立つのは否めない。性格的にあまり明るい民族性ではない上に、儒教的な禁欲性が変な形で出てくる。そして日本の場合は福祉機能を一定程度企業にアウトソーシングしている面が強かっただけに、福祉機能ごと失われるという形で労働者へのダメージが大きくなる。一例を挙げると住宅だろう。欧州などは公営住宅にかなり力を入れる伝統があるが、日本は企業が寮を用意したりする。これは賃金以上に各企業の違いが大きいので、助成や優遇に関する措置は強化しなければならない。その一方で、居住は基本的人権の一環であるということもあるので、借地借家法などを再度整備して、企業の資産にも弱い義務を課すべきであろう。退去の通告は三ヶ月前には必要で、別途賃貸物件を紹介するなどの措置を取れば免責するといった具合か。事は住宅に限らない。必要なのは、基本的人権に関する保障というのをどの水準で行うかということなのだが、そういう大局的な議論は国政の場では極めて停滞している。その時その時のニュース性のある問題に対応するというのは、それはそれで一定程度大切だが、そればかりでは困るのだ。
地方分権:
前述の内容とも関連するが、私はこの金融危機で地方分権の流れは一旦停滞すると思っている。理由は単純で、日本中で中央政府に対して何とかしてくれという声が上がっているからだ。少なくとも政治の問題としては市や県に上がってくるわけではない。そして相対的に裕福な自治体も、自分たちだけ財政的に切り離されればうまくやれると考えて行動しているわけでもない。(もちろん、ミクロなレベルでは別だが)結局日本人自体が中央集権が好きだということなのだろう。これは根深い問題で、人間の物の考え方に依存するだけに容易に変化するとも思えない。やるとするなら都道府県の合併くらいだろうが、これも簡単とは思えない。日本人の自覚は薄いが、今の都道府県の区分はかなりの伝統と権威を有しているのである。
Foreign Affairs:
論座で日本語版を読んでいた人は多いだろう。休刊は残念なことであった。ただ英語版は本家を見れば良く、掲載状況は変わらないようであるのでそちらを参照するべきだろう。日本語で読めるものとしては、実は朝日新聞のサイトに一部の翻訳が掲載されている。(参照)軽く目を通すだけでも参考になることがあるだろう。一例として、個人的に気になったこちらの論文を取り上げてみたい。
この論文、内容に大きく異を唱える部分はない。ただ個人的な所感としては、米国の政治文化における特徴かもしれないが、概して民主国家連盟なるものそれ自体の結束に関しては過剰に自信を持ち過ぎているように思われる。(困ったことにこれ自体は美点であり、必要であるのかもしれないのだが)というのは、この民主国家連盟なるものをどのような位置づけに置くとしても、それが権威を持つのは国益のための互助会としてではなく豊かな国の責務として義務を果たす時だけであろうと思うからだ。例えば日本にしても、これ以上の義務を果たすことに積極的になるだろうか?日本ほどでないにしても、米国以外の民主国家はどこも充分に計算高いと思うのだが。
田母神論文:
上記の民主国家連盟もしくは類似の構想は以前からあり、日本はどうするべきかという本質的な議論は必要であり、先送りが続いているのが現状だ。それがこのレベルの問題で停滞しているようでは困る話である。それにしてもマスコミのみならずネット界隈でもこの問題に関する対応は極めて不可解である。通常、一定以下の水準の論説は話題にもならず黙殺されるのが通例で、今回もそうであろうと思っていた。それがこのような展開になるということは、自衛官の地位を奇妙なまでに過大評価しているということになるが、それは今までの世間の対応と矛盾してはいないだろうか。いずれにせよ軍人が偏った考え方を持っているということは世界的に見てもしばしばあるし、現状の自衛官もそれなりにはいるようだ。しかしながら文民統制の原則はあり、実際の行動には害を与えない成熟した状況が確立しており、こういうことがあれば更迭はされる程度の状況認識が自衛隊内部にあればそれで充分ではないだろうか。今回も問題の本質は国政の場での議論が稚拙であるということで、状況に変わりはない。
2008年11月04日
米大統領選を前にして
米大統領選は間もなくである。長い選挙戦も終わり、次期大統領が決まる。そうなる前に一言くらいは書いておきたいと思う。
現在の所オバマ氏が優勢と報道されている。もちろん選挙の常として終わるまでは分からないが、州ごとの情勢で見るとマケイン氏はかなり苦しいようだ。金融危機以降はマケイン氏にミスがあったかもしれない。米大統領選は加点での評価と減点部分を厳しくチェックされるという二つの側面がある。そして今回の両候補、いずれも歴代の大統領候補の中ではかなり魅力的な方ではないだろうか。加点法ではいずれも魅力があるように思える。しかしながら、減点につながる部分を厳しく管理し、最小限に押さえ込んだいうことで、オバマ氏に軍配が上がるという結果に結びつくのではないだろうか。そして、恐らくは選挙後も見据えてのことであろうが、後で自分自身の言動で選択肢が狭まることも注意深く回避しているようにも見える。
オバマ氏の公式サイトであるが、issuesの部分を見ると興味深い。これは本人が語るメッセージもそうだが、概して倫理的な部分ではむしろ保守的なトーンを保っている。単にアルファベット順に並べているにも関わらず最初がCivil Rightsなのは今回の選挙戦の象徴かもしれない。実際に語っている政策はややリベラルな面もある。その一方でDefensの内容を見るとこれも興味深い。内容はブッシュ政権で出てきたテーマを忠実に継承し、最終的な仕上げの洗練化に注力するように見える。現国防長官の打ち出した拡大路線も継承するようだ。"Finally, it will establish the legal status of contractor personnel, making possible prosecution of any abuses committed by private military contractors."などは別にどうと言うこともないのだけど、裏方の仕事というより明確に計算できるリソースに組み込む意図に見えなくもない。
またimmigrationの部分も、ここでは何も具体策を語ってないようにも見えるが、うまい表現になっていると思う。米国人の皮膚感覚としては、恐らくではあるが、現状がうんざりするものになっているのでそれなりの現実解を示せ、ということではないだろうか。管理しようとだけ簡潔に述べているのはある意味反則ではある。Veteransもそれに近いかもしれない。しかし精神的ケアを重視する論調にしているなど、過不足無いコメントとなっている。
マケイン候補の公式サイトと比較すると面白い。同じissuesの欄はずっと詳細に具体的に記している。内容も手堅く、例えば同じVeteransの欄を見るとずっと具体的である。他の項目もそうなのであるが、選挙戦という意味ではどうだろうか。これは公式サイトの問題に限らないのだが、選挙でどちらかの候補を選択するという場合、全体としての倫理性、合理性、タフさ、国民との対話能力といった事が重視される。メッセージはシンプルで、かつすべての課題に関して同じように倫理的で、合理的な対処能力があると見なされる事が求められる。
今までの経緯を見ると、米大統領選がここまで長い時間をかける事にはやはりそれなりの意味があるように思える。広大な国で、物事が浸透するのには時間がかかる。両党の候補者は、私見ではもっとも人間的にはまともそうな人が選択されたように見えた。そしてどのような候補にもそれを懐疑的な目で見る人はいるものだが、報道が繰り返され、多くの人がその個人の様々な面を観察するだけの充分な時間が与えられることは、受け入れ可能なリスクを判定するための不可欠な条件ではないだろうか。
結果として、オバマ候補は対外的に道義的には正しいと見られながらもシビアに国益を追求する大統領になるかもしれない。そう考えると米国的と言うよりはカナダのそれに近いかもしれない。うまくいかない案件に対しても、最終的には管理可能な範囲で失敗を最小化するような手腕は見られるかもしれない。
あと12時間くらいで正式な結果は判明するだろうか。マケイン氏が当選したとしてもそう悪い大統領ではならないように思える。ただどういう結果になったとしても、私にとっては落ちた候補が惜しいなと思う選挙である。まぁ、日本人が外国の選挙に関心を持ち過ぎだと言われれば、返す言葉もないのだが。
現在の所オバマ氏が優勢と報道されている。もちろん選挙の常として終わるまでは分からないが、州ごとの情勢で見るとマケイン氏はかなり苦しいようだ。金融危機以降はマケイン氏にミスがあったかもしれない。米大統領選は加点での評価と減点部分を厳しくチェックされるという二つの側面がある。そして今回の両候補、いずれも歴代の大統領候補の中ではかなり魅力的な方ではないだろうか。加点法ではいずれも魅力があるように思える。しかしながら、減点につながる部分を厳しく管理し、最小限に押さえ込んだいうことで、オバマ氏に軍配が上がるという結果に結びつくのではないだろうか。そして、恐らくは選挙後も見据えてのことであろうが、後で自分自身の言動で選択肢が狭まることも注意深く回避しているようにも見える。
オバマ氏の公式サイトであるが、issuesの部分を見ると興味深い。これは本人が語るメッセージもそうだが、概して倫理的な部分ではむしろ保守的なトーンを保っている。単にアルファベット順に並べているにも関わらず最初がCivil Rightsなのは今回の選挙戦の象徴かもしれない。実際に語っている政策はややリベラルな面もある。その一方でDefensの内容を見るとこれも興味深い。内容はブッシュ政権で出てきたテーマを忠実に継承し、最終的な仕上げの洗練化に注力するように見える。現国防長官の打ち出した拡大路線も継承するようだ。"Finally, it will establish the legal status of contractor personnel, making possible prosecution of any abuses committed by private military contractors."などは別にどうと言うこともないのだけど、裏方の仕事というより明確に計算できるリソースに組み込む意図に見えなくもない。
またimmigrationの部分も、ここでは何も具体策を語ってないようにも見えるが、うまい表現になっていると思う。米国人の皮膚感覚としては、恐らくではあるが、現状がうんざりするものになっているのでそれなりの現実解を示せ、ということではないだろうか。管理しようとだけ簡潔に述べているのはある意味反則ではある。Veteransもそれに近いかもしれない。しかし精神的ケアを重視する論調にしているなど、過不足無いコメントとなっている。
マケイン候補の公式サイトと比較すると面白い。同じissuesの欄はずっと詳細に具体的に記している。内容も手堅く、例えば同じVeteransの欄を見るとずっと具体的である。他の項目もそうなのであるが、選挙戦という意味ではどうだろうか。これは公式サイトの問題に限らないのだが、選挙でどちらかの候補を選択するという場合、全体としての倫理性、合理性、タフさ、国民との対話能力といった事が重視される。メッセージはシンプルで、かつすべての課題に関して同じように倫理的で、合理的な対処能力があると見なされる事が求められる。
今までの経緯を見ると、米大統領選がここまで長い時間をかける事にはやはりそれなりの意味があるように思える。広大な国で、物事が浸透するのには時間がかかる。両党の候補者は、私見ではもっとも人間的にはまともそうな人が選択されたように見えた。そしてどのような候補にもそれを懐疑的な目で見る人はいるものだが、報道が繰り返され、多くの人がその個人の様々な面を観察するだけの充分な時間が与えられることは、受け入れ可能なリスクを判定するための不可欠な条件ではないだろうか。
結果として、オバマ候補は対外的に道義的には正しいと見られながらもシビアに国益を追求する大統領になるかもしれない。そう考えると米国的と言うよりはカナダのそれに近いかもしれない。うまくいかない案件に対しても、最終的には管理可能な範囲で失敗を最小化するような手腕は見られるかもしれない。
あと12時間くらいで正式な結果は判明するだろうか。マケイン氏が当選したとしてもそう悪い大統領ではならないように思える。ただどういう結果になったとしても、私にとっては落ちた候補が惜しいなと思う選挙である。まぁ、日本人が外国の選挙に関心を持ち過ぎだと言われれば、返す言葉もないのだが。
2008年08月13日
グルジア情勢とNATOの今後
グルジアでの紛争が再燃し、大きな国際問題となっている。最新の報道ではロシアが武力行使を停止したとされており、小康状態にはなったというところだろうか。この問題はあまりに複雑な要因が絡んでいるが、国内報道への違和感もあるので多少言及しておこうかと思う。
全般としてはBBCのこの記事が簡潔に南オセチアにおける経緯をまとめており有用だが(参照1)アブハジアも含めもう少し経緯を記述したものとして、(論調には異論があるかもしれないが)ル・モンドの以前の記事も背景として参考になろうかと思う。(参照2)またこれも少し以前であるが、このopenDemocracyの記事も推薦できる。(参照3)いずれにせよ、現地の状況と国際社会ではどのような枠組みで対応してきたかということが重要であろう。
南オセチア・アブハジア両地域では比較的整然と選挙が行われ、実質的には国家としての体裁を整えている。そして上記の記事にあるように、グルジア領内で強く分離独立を唱えている両地域においては、住民の多くがロシア国籍を有しているということがある。つまりロシアとしては保護の義務があると考えていたわけである。そして分離独立はロシアへの併合となる可能性が相当高いと考えられる。次にこの地域には平和維持軍が展開しているが、これは欧州安全保障・協力機構(OSCE)の名目で出されているものである。実態としてはこの組織がロシア軍の展開に国際的な正当性を持たせるために容認したという事であろうか。しかしその一方で、アブハジアには安保理決議を受ける形で国連グルジア監視団も展開している。国連であるので複数の国が関係しており、また2006年7月のグルジアの挑発行為も非難されているということがある。(参照4)
つまり南オセチアとアブハジアの両地域の状況は違うと多くの当事者は考えているのだろう。アブハジアはEUの経済協力も一定程度進んでいる。例えばイングリ川発電所などが代表である。治安が回復すれば従来のようにリゾート地として観光産業による収益も期待できるだろう。ちなみに2014年冬季オリンピックが開催されるソチはロシア領であるがごく近い位置にある。そして欧米の外交官も、独立は認めないとしながらも一定の交流があるようだ。その一方で南オセチアの産業は農業主体であり経済力は弱い。そのため南オセチアにおける行政府の主な収入は関税であり、国家として承認されてないため、通常では違法となるような内容も含むようだ。過去にはドル偽札への関与も報道されており、北朝鮮などと並列に扱われる形でワシントンポストその他が報道している。(参照5)そのため欧米や、何よりグルジアでのイメージは随分悪いものであったようだ。南オセチアはアブハジア、沿ドニエストルと共闘することにより独立を目指しているが、アブハジアと比較して不利と感じていたのは間違いなく、焦燥感は大きかったのではないだろうか。そして国境紛争は間断なく続いていたようだ。つまり今回の紛争、南オセチアの行為に対して大きな不満を抱えていたグルジアがいつも以上に過剰な反応を行い、ロシアがさらに過剰な反応で対応したというのが正確なところではないだろうか。
日本国内では欧米がグルジア寄りとする論調が多いようだ。全体的にはそのように言えるかもしれない。しかしグルジアへの直接支援を性急に決定したというわけではない。ロシアの対応も平和維持に有害という形で非難している。OSCEの権威(そういうものがあったとすればだが)を低下させ、共に平和を維持する責務を果たしていないという見解は正確だろう。加えると、今回の軍事作戦が整然としたものであり、グルジアの現在の政府を打倒する作戦計画の発動を疑われたのも間違いないだろう。当然ロシアとしては様々なオプションを用意していたとは思うが。いずれにせよ、グルジアは正統政府を任じるからには南オセチアに多くの責任を果たさねばならず、一定の非難も当然であるが、ロシアの責務はそれ以上のはずであるということであろう。
コソボに関しても以前エントリを書いたが、この時には各国がこれはバルカンでのみ適用する特殊例だというのをしきりに強調していた。対応に疲れ果てていた欧米各国の実情からは無理もない側面もあるが、やはりというべきか、このように影響が飛び火する。特にアブハジアは「こっちはコソボより条件が整っているのに」と思ったであろう。賢い指導者であれば将来のロシアとの合併を断念する条件で独立を得ることが出来たかもしれないし、場合によっては今後そういう展開もあるかもしれない。
それにしてもこの種の事件が欧州諸国に与える影響は大きい。ただEU内にも温度差があるのは当然である。(参照6)以前ドイツなどの一部の欧州諸国は、グルジアのNATO加盟に関してその資格がある民主国家といえるかどうかの懸念を示していた。それは結果として当たっていたかもしれないが、しかしその一方で今回グルジアが主張する「NATO加盟が認められていればこのような事態は発生しなかった。ロシアに誤ったメッセージを送った」との主張もそれはそれで一理ある。欧州は正しさを実効性あるものに結びつけるのに苦労しているが、今回も例外ではないのだろうか。なお米国は一貫してグルジアのNATO加盟を支持しているようだ。これもこれで肩入れし過ぎかもしれないが、ただ関係国の未来がより明るいものになるだろうとは言える。
さて、その一方でウクライナのNATO加盟に関してはドイツもかねてより支援方向であると伝えられている。(参照7)ウクライナではロシア黒海艦隊の帰港を許すかどうかなどで論争になっていた。今回の事態を受けて、ウクライナは全力でNATO加盟を目指すであろうことは容易に想像できる。これはNATOの大多数の国も容認方向であろうし、ロシアが反発するのも必至なので次のトラブルになることは間違いなかろう。今回、腰が引けた米国の威信低下を指摘する向きもあるが、全体としてはロシアが多くのものを失うのではないか。部分的な正しさが全体の行動の適切さには結びつかなかったように思われる。あまりにも周辺国に人気が無さ過ぎる外交は長期的に国益を害するのであろう。
全般としてはBBCのこの記事が簡潔に南オセチアにおける経緯をまとめており有用だが(参照1)アブハジアも含めもう少し経緯を記述したものとして、(論調には異論があるかもしれないが)ル・モンドの以前の記事も背景として参考になろうかと思う。(参照2)またこれも少し以前であるが、このopenDemocracyの記事も推薦できる。(参照3)いずれにせよ、現地の状況と国際社会ではどのような枠組みで対応してきたかということが重要であろう。
南オセチア・アブハジア両地域では比較的整然と選挙が行われ、実質的には国家としての体裁を整えている。そして上記の記事にあるように、グルジア領内で強く分離独立を唱えている両地域においては、住民の多くがロシア国籍を有しているということがある。つまりロシアとしては保護の義務があると考えていたわけである。そして分離独立はロシアへの併合となる可能性が相当高いと考えられる。次にこの地域には平和維持軍が展開しているが、これは欧州安全保障・協力機構(OSCE)の名目で出されているものである。実態としてはこの組織がロシア軍の展開に国際的な正当性を持たせるために容認したという事であろうか。しかしその一方で、アブハジアには安保理決議を受ける形で国連グルジア監視団も展開している。国連であるので複数の国が関係しており、また2006年7月のグルジアの挑発行為も非難されているということがある。(参照4)
つまり南オセチアとアブハジアの両地域の状況は違うと多くの当事者は考えているのだろう。アブハジアはEUの経済協力も一定程度進んでいる。例えばイングリ川発電所などが代表である。治安が回復すれば従来のようにリゾート地として観光産業による収益も期待できるだろう。ちなみに2014年冬季オリンピックが開催されるソチはロシア領であるがごく近い位置にある。そして欧米の外交官も、独立は認めないとしながらも一定の交流があるようだ。その一方で南オセチアの産業は農業主体であり経済力は弱い。そのため南オセチアにおける行政府の主な収入は関税であり、国家として承認されてないため、通常では違法となるような内容も含むようだ。過去にはドル偽札への関与も報道されており、北朝鮮などと並列に扱われる形でワシントンポストその他が報道している。(参照5)そのため欧米や、何よりグルジアでのイメージは随分悪いものであったようだ。南オセチアはアブハジア、沿ドニエストルと共闘することにより独立を目指しているが、アブハジアと比較して不利と感じていたのは間違いなく、焦燥感は大きかったのではないだろうか。そして国境紛争は間断なく続いていたようだ。つまり今回の紛争、南オセチアの行為に対して大きな不満を抱えていたグルジアがいつも以上に過剰な反応を行い、ロシアがさらに過剰な反応で対応したというのが正確なところではないだろうか。
日本国内では欧米がグルジア寄りとする論調が多いようだ。全体的にはそのように言えるかもしれない。しかしグルジアへの直接支援を性急に決定したというわけではない。ロシアの対応も平和維持に有害という形で非難している。OSCEの権威(そういうものがあったとすればだが)を低下させ、共に平和を維持する責務を果たしていないという見解は正確だろう。加えると、今回の軍事作戦が整然としたものであり、グルジアの現在の政府を打倒する作戦計画の発動を疑われたのも間違いないだろう。当然ロシアとしては様々なオプションを用意していたとは思うが。いずれにせよ、グルジアは正統政府を任じるからには南オセチアに多くの責任を果たさねばならず、一定の非難も当然であるが、ロシアの責務はそれ以上のはずであるということであろう。
コソボに関しても以前エントリを書いたが、この時には各国がこれはバルカンでのみ適用する特殊例だというのをしきりに強調していた。対応に疲れ果てていた欧米各国の実情からは無理もない側面もあるが、やはりというべきか、このように影響が飛び火する。特にアブハジアは「こっちはコソボより条件が整っているのに」と思ったであろう。賢い指導者であれば将来のロシアとの合併を断念する条件で独立を得ることが出来たかもしれないし、場合によっては今後そういう展開もあるかもしれない。
それにしてもこの種の事件が欧州諸国に与える影響は大きい。ただEU内にも温度差があるのは当然である。(参照6)以前ドイツなどの一部の欧州諸国は、グルジアのNATO加盟に関してその資格がある民主国家といえるかどうかの懸念を示していた。それは結果として当たっていたかもしれないが、しかしその一方で今回グルジアが主張する「NATO加盟が認められていればこのような事態は発生しなかった。ロシアに誤ったメッセージを送った」との主張もそれはそれで一理ある。欧州は正しさを実効性あるものに結びつけるのに苦労しているが、今回も例外ではないのだろうか。なお米国は一貫してグルジアのNATO加盟を支持しているようだ。これもこれで肩入れし過ぎかもしれないが、ただ関係国の未来がより明るいものになるだろうとは言える。
さて、その一方でウクライナのNATO加盟に関してはドイツもかねてより支援方向であると伝えられている。(参照7)ウクライナではロシア黒海艦隊の帰港を許すかどうかなどで論争になっていた。今回の事態を受けて、ウクライナは全力でNATO加盟を目指すであろうことは容易に想像できる。これはNATOの大多数の国も容認方向であろうし、ロシアが反発するのも必至なので次のトラブルになることは間違いなかろう。今回、腰が引けた米国の威信低下を指摘する向きもあるが、全体としてはロシアが多くのものを失うのではないか。部分的な正しさが全体の行動の適切さには結びつかなかったように思われる。あまりにも周辺国に人気が無さ過ぎる外交は長期的に国益を害するのであろう。
2008年06月11日
国内事情に関する多少の雑記(2008.6)
さして多くのブログを閲覧しているわけではないので、少し前、同じくらいの時期に雪斎さんとforrestalさんのブログが閉鎖と聞いた時には寂寥の念を禁じ得なかった。こちらも実質は似たようなものであり、どうしようか考えた。しかし細々とではあるが、残しておこうかなと思っている。ここしばらくは身辺が落ち着かなかったという事情もあるし、ニュースを見るのもうんざりという国内外の状況もそれに拍車をかけた。とはいうものの、そういう時期にこそ活動せねばならないのかもしれないが。とりあえず、リハビリというわけではないがまずは国内問題で少し雑記を。
福田政権:
正直、とにかく腹が立つ。あまりこのブログでは感情を前面に出したくないのだが我慢がならない。
全くもってこの政権は評判が悪いが、これは自民党に深刻なダメージを与えている。駄目だとは思っていたがここまで駄目だとは思わなかったあたり、安倍政権と似ている。ただ安倍政権の場合は元々一応の国民の人気を受けて発足したものであり、選挙の大敗を受けて終了するという、民主国家としてはごく普通の過程を経ている。これに対して福田政権は党内事情が先行した。そして共通したのは、内閣総理大臣を任せるだけの力量を持っていない人物を総裁に選出したことである。これは前途有為な人材を育成し、一定の資質を備えさせた後に重要なポストを担わせるという、政党の基本的な責務を果たしていないという現状を多くの人に認識させることになった。この種の危機は大臣の選定というレベルでも国家としては致命的である。最近であれば石波防衛相などが分かりやすい。防衛は本質的に不信に対する備えであり、時に業務は冷酷に進めなければならない。世論が追認するような仕事振りが必要なのだが、それが出来ているとは思えない。「責任」ということに関して全く及第点に達していない。そして今は内閣総理大臣そのものが問題になっている。世論との乖離が大きい場合には、せめて政策に一貫した合理性がなければならないのだがそうでもない。負の遺産を任されたと思っているような態度も心証を悪くする。確かに今の日本は多くの問題を抱えているが、それでもまだ世界屈指の経済大国で、治安はまだ良い。教育水準も高いし世に人材は多い。正の遺産ははるかに多いのである。おまけに衆議院では、自力では絶対獲得することの出来ない議席数を引き継いでいるのである。この立場に立ちたいと思っている人は世に限りなくいるだろう。
衆参ねじれ現象:
ねじれというのも変な表現で、院によって獲得議席数が違うだけの話である。だからこうした言葉はあまり使いたくはないが、一応世に倣ってそのようにしてみる。
参院で多数を占めた民主党の行動は、正直立派とは言い難い。個別の政策に関しては批判されるべき多くの欠点がある。次の選挙でどの政党に投票すればよいかの判断は難しいが、それはそれとして大局的に見てこの状況は日本の政治にとって悪いものだろうか?
すべてではないがいくつかの法案に関しては与野党で有意義な調整の結果中道的な法案が作成されている。ガソリンや日銀問題は醜態だが、まだ次の改善に繋げるためのステップと位置付けることが可能で、国家としては長期的にみると容認可能なリスクである。もちろん進歩しなければただの愚挙であるが、一度は止むを得ないかもしれない。
一番危険なのはやはり外交・安全保障分野だが、これも大局的に見ると興味深い状況である。海外では、日本は最小の負担で最大の利益を追求する功利的な外交を継続的に推進していると見られている。またこれに関しては政界で広範囲な合意があるともされている。サマワやインド洋への派遣を欧州の負担と比較するだけでこれは事実と理解できよう。民主党は経験の無さからまだそのギリギリの線の見極めが未熟なだけではないかと考えられないだろうか。それでもインド洋への派遣問題では、衆院2/3での再可決を前提とした行動のようにも見えたし、思いやり予算に関する行動では最初に予想されたよりは早い段階で妥協した。口先はともかく案外自民党と大差ない気がする。今後の予想として、ギリギリセーフと思って高め玉を投げたらギリギリアウトになって、米国と大揉めに揉めるが何らの代替案もなくそれ以前に覚悟もないのであっさり凹んで終わり、という局面が一度くらいあるように思っている。つまりは湾岸戦争のときの自民党の繰り返しという事である。
前途多難ではあるが、近年の日本では、政治に対して有権者はやっと他の民主国家のように鋭く反応するようになってきた。そうなってからまだ数年と思えば、政治が成熟するのはまだまだこれからである。有権者は腹をくくるしかないようだ。
秋葉原事件:
通り魔事件としては異例なほどの衝撃を日本人に与えた事件となった。私もたまに足を運ぶことがある、見慣れた場所である。この事件に対する世論の反応には様々に屈折があるようだ。いわゆる就職氷河期世代にとっては、報道された範囲での犯人像を他人事と思えないと感じた人が少なくなかったのではないだろうか。7年前の事件の宅間元死刑囚とは違い、比較的普通の人間である。そして被害者は単にそこを歩いていただけの人間である。ほんの少しの運命の違いで、加害者にも被害者にもなっていたかもしれない事件として、複雑な感情を持って受け止めている人が多いのではないだろうか。
そしてこの事件の背景である。当然犯人は厳罰に処されることになるであろうが、これは他人を巻き込む形での広義の自殺とも言える。犯人は少数の異常者であると考えることは適切かもしれない。しかし事前にこの犯罪を発生させないためには何が必要だったかと考えるとまた別である。宅間元死刑囚の場合は困難であったかもしれない。が、今回は、少しばかりましな雇用がそこに存在すれば起きなかったかもしれないと人々に思わせるような報道がなされている。つまりこれはレアケースであると同時に確率の増大という側面もあり、明らかに今後悪化方向に振れることも確実ではないだろうか。つまり、自分が加害者にも被害者にもなるかもしれない凶悪事件が今後増大傾向にあると少なからぬ人々が考えたということであり、それこそがこの事件のやりきれなさではないだろうか。
言うまでもなく、より多くの人が自分は加害者側に立つことはないと考えている。そして何が原因かと考えたがるが、それ自体はあまり意味がないかもしれない。むしろ大多数のそれを起こさない人はなぜ起こさないかを考え、それをある種の立場の人には人為的に構築するといった方向に思索を向かわせるべきではないだろうか。明日も安心して街角を歩きたいと願うのであれば、それが必要であるように思うのである。
福田政権:
正直、とにかく腹が立つ。あまりこのブログでは感情を前面に出したくないのだが我慢がならない。
全くもってこの政権は評判が悪いが、これは自民党に深刻なダメージを与えている。駄目だとは思っていたがここまで駄目だとは思わなかったあたり、安倍政権と似ている。ただ安倍政権の場合は元々一応の国民の人気を受けて発足したものであり、選挙の大敗を受けて終了するという、民主国家としてはごく普通の過程を経ている。これに対して福田政権は党内事情が先行した。そして共通したのは、内閣総理大臣を任せるだけの力量を持っていない人物を総裁に選出したことである。これは前途有為な人材を育成し、一定の資質を備えさせた後に重要なポストを担わせるという、政党の基本的な責務を果たしていないという現状を多くの人に認識させることになった。この種の危機は大臣の選定というレベルでも国家としては致命的である。最近であれば石波防衛相などが分かりやすい。防衛は本質的に不信に対する備えであり、時に業務は冷酷に進めなければならない。世論が追認するような仕事振りが必要なのだが、それが出来ているとは思えない。「責任」ということに関して全く及第点に達していない。そして今は内閣総理大臣そのものが問題になっている。世論との乖離が大きい場合には、せめて政策に一貫した合理性がなければならないのだがそうでもない。負の遺産を任されたと思っているような態度も心証を悪くする。確かに今の日本は多くの問題を抱えているが、それでもまだ世界屈指の経済大国で、治安はまだ良い。教育水準も高いし世に人材は多い。正の遺産ははるかに多いのである。おまけに衆議院では、自力では絶対獲得することの出来ない議席数を引き継いでいるのである。この立場に立ちたいと思っている人は世に限りなくいるだろう。
衆参ねじれ現象:
ねじれというのも変な表現で、院によって獲得議席数が違うだけの話である。だからこうした言葉はあまり使いたくはないが、一応世に倣ってそのようにしてみる。
参院で多数を占めた民主党の行動は、正直立派とは言い難い。個別の政策に関しては批判されるべき多くの欠点がある。次の選挙でどの政党に投票すればよいかの判断は難しいが、それはそれとして大局的に見てこの状況は日本の政治にとって悪いものだろうか?
すべてではないがいくつかの法案に関しては与野党で有意義な調整の結果中道的な法案が作成されている。ガソリンや日銀問題は醜態だが、まだ次の改善に繋げるためのステップと位置付けることが可能で、国家としては長期的にみると容認可能なリスクである。もちろん進歩しなければただの愚挙であるが、一度は止むを得ないかもしれない。
一番危険なのはやはり外交・安全保障分野だが、これも大局的に見ると興味深い状況である。海外では、日本は最小の負担で最大の利益を追求する功利的な外交を継続的に推進していると見られている。またこれに関しては政界で広範囲な合意があるともされている。サマワやインド洋への派遣を欧州の負担と比較するだけでこれは事実と理解できよう。民主党は経験の無さからまだそのギリギリの線の見極めが未熟なだけではないかと考えられないだろうか。それでもインド洋への派遣問題では、衆院2/3での再可決を前提とした行動のようにも見えたし、思いやり予算に関する行動では最初に予想されたよりは早い段階で妥協した。口先はともかく案外自民党と大差ない気がする。今後の予想として、ギリギリセーフと思って高め玉を投げたらギリギリアウトになって、米国と大揉めに揉めるが何らの代替案もなくそれ以前に覚悟もないのであっさり凹んで終わり、という局面が一度くらいあるように思っている。つまりは湾岸戦争のときの自民党の繰り返しという事である。
前途多難ではあるが、近年の日本では、政治に対して有権者はやっと他の民主国家のように鋭く反応するようになってきた。そうなってからまだ数年と思えば、政治が成熟するのはまだまだこれからである。有権者は腹をくくるしかないようだ。
秋葉原事件:
通り魔事件としては異例なほどの衝撃を日本人に与えた事件となった。私もたまに足を運ぶことがある、見慣れた場所である。この事件に対する世論の反応には様々に屈折があるようだ。いわゆる就職氷河期世代にとっては、報道された範囲での犯人像を他人事と思えないと感じた人が少なくなかったのではないだろうか。7年前の事件の宅間元死刑囚とは違い、比較的普通の人間である。そして被害者は単にそこを歩いていただけの人間である。ほんの少しの運命の違いで、加害者にも被害者にもなっていたかもしれない事件として、複雑な感情を持って受け止めている人が多いのではないだろうか。
そしてこの事件の背景である。当然犯人は厳罰に処されることになるであろうが、これは他人を巻き込む形での広義の自殺とも言える。犯人は少数の異常者であると考えることは適切かもしれない。しかし事前にこの犯罪を発生させないためには何が必要だったかと考えるとまた別である。宅間元死刑囚の場合は困難であったかもしれない。が、今回は、少しばかりましな雇用がそこに存在すれば起きなかったかもしれないと人々に思わせるような報道がなされている。つまりこれはレアケースであると同時に確率の増大という側面もあり、明らかに今後悪化方向に振れることも確実ではないだろうか。つまり、自分が加害者にも被害者にもなるかもしれない凶悪事件が今後増大傾向にあると少なからぬ人々が考えたということであり、それこそがこの事件のやりきれなさではないだろうか。
言うまでもなく、より多くの人が自分は加害者側に立つことはないと考えている。そして何が原因かと考えたがるが、それ自体はあまり意味がないかもしれない。むしろ大多数のそれを起こさない人はなぜ起こさないかを考え、それをある種の立場の人には人為的に構築するといった方向に思索を向かわせるべきではないだろうか。明日も安心して街角を歩きたいと願うのであれば、それが必要であるように思うのである。
2008年02月20日
コソボ独立問題に思う
コソボ独立宣言を受け、各国が様々な立場を表明している。セルビアはもちろんのこと、ロシアも反対のようだ。また米国はかねてから独立を支持してきたという経緯もあるが、同国の政治的伝統を考えると支持するのは理解できるが、EU諸国がかなり早期に一致して結束した感があるのは興味を惹かれる。私の思い込みに過ぎないかもしれないが、EU諸国としてはもう少し時間をかけて着地点を探る外交が普通で、今回は多少高め玉のような気がしなくもないからだ。以前にも関連エントリを書いたが、節目ということで多少思ったことを書いてみたい。
米国の大手メディアとしては、ヘラルドトリビューンの報道がやや目立ったので代表として取り上げておきたい。同紙にはややその傾向があるようにも思うが、欧州的な政治感覚がこの記事にも見られる。(参照1/2/3/4/5)2番目の記事の一部を引用する。
この地域に関して言及するときの歴史感覚としては外せないのであろう。オーストリア・ハンガリー帝国やオスマン帝国(これは普通の日本人が思うよりかなり欧州寄りに考えたほうが良い国である)からの分裂が継続する、その最終段階であるとの意識が見える。4番目の記事のミリバンド氏のコメントもそれを示している。この種の「このユーゴ問題を終わらせる」という種類の発言は各国から共通に出てきている。
ちなみに国内メディアの報道であるが、意外に読売がまとまった記事を出していた。社説(参照6)は特にどうということもないが、個別の記事では、例えばこれなどはポイントをうまくまとめていると思う。(参照7)ここではロシアの主張などもちゃんと書いてあり、国際法の観点からすると全く筋が通らないわけでもないのだ。ロシアは奇妙に(国連などでの)国際法の前例に拘り、何とか建前としては正当性を主張しつつ自国の影響力を残したいという主張をする外交的伝統があるが、このコソボ問題はまさに欧州の問題であるだけにそれが典型的に見られると感じた。またスリランカが非難声明というのをワンポイントで記事にしていたりする。(参照8)まぁこれは日本とノルウェーが頑張って宥めるのであろう。他にも関連記事がいくつかあるが、感度の高いライターが一人いるのかなという印象を受けた。社説の内容を考えると、組織立ってはいなさそうだが(苦笑)
ちなみに中国へのフォローもさすがに手抜かりはないようで、今回のヒル次官補の訪中のタイミングは合わせたものであろう。確かに北朝鮮問題はないわけではないが、外交官が単独の目的で動くことは少ないし、ましてヒル氏がユーゴで実績を上げた経歴がある専門家である以上当然だろう。(参照9)ヒル氏のみならずブッシュ大統領も「特殊事例」と強調しているのはまさに長く続いたユーゴ紛争の終結としたいとの欧州諸国と共通の見解があるからであろう。
ところでNATOの状況であるが、今はアフガンにおける兵力の分担で相当の軋轢が発生している。わけても、直近のニュースとしてはドイツがアフガン南部への部隊展開を断ったというのが大きい。(参照10)ドイツの国内状況としては、若干日本にも似た屈折した議論が発生しているようだ。最初に設定された担当地域からの変更は認めないという政治勢力があるようだ。そして多くの犠牲者を出したカナダやオランダは不公平だと兵力を引くかどうかという話になっている。そしてこの状況でコソボに展開するKFOR部隊の維持を昨年12月に決定している。(参照11)もちろん役割は違うので単純な使い回しというわけではないのだろうが、政治的軋轢が続く状況では、とにかく欧州内だけでもケリをつけたいという見解がEU内に強まったとしても無理もないところであろう。ちなみに現在のKFORの各国の派遣人数はこのようになっている。(参照12)仏独伊の負担がやや重い状況だ。なおリーダー国は、比較的小国の場合は持ち回りにしているようだ。チェコなども担当していたことがある。また言うまでもないが、これらのNATO諸国は、日本が給油問題でどういう議論をしていたかは良く知っている。来日時のメルケル首相の言もキツくなろうというものである。
さて、コソボ問題での日本の立場であるが、意外に重要ではないかという気がする。他の国に独立承認を呼び掛けると、それを機会に追随する国も結構あるのではないだろうか。今回は国連を回避するかどうかという瀬戸際なのでなおさら重要である。通常の日本の外交的伝統では、時には無駄なくらい慎重に調べ上げて随分時間をかけて国家承認する手順を踏む。ところが町村氏などのコメントでは前倒しを示唆するような発言があった。かなり裏でせっつかれているのではないかと推察している。ちなみに現在セルビアへの最大援助国は日本であるはずだ。(欧米から干されているだけとも言えるが)こういう時にセルビアの顔が立つような妥協案を出すだけは出すということをしても良いだろう。EUの見解に少しのおまけがあるとか、実現時の負担の分担も怪しい言いっぱなしの内容とかでもいいのである。そこから事態が動くこともあるのだから。伝統的にフランスなどはこういうのがうまいのだが、今回はほとんど当事者であり、動きようもないだろう。
ヒル氏は20日に来日の予定と聞く。まさかさすがの日本も北朝鮮問題の話だけして終わりとは思えないが。せめてこの問題につき、うまいコメントでも用意しておいて欲しいものだ。
米国の大手メディアとしては、ヘラルドトリビューンの報道がやや目立ったので代表として取り上げておきたい。同紙にはややその傾向があるようにも思うが、欧州的な政治感覚がこの記事にも見られる。(参照1/2/3/4/5)2番目の記事の一部を引用する。
The second is to ask when and where the process of dismemberment of former empires will end. After all, the very word "Balkanization" derives from the break-up of the Balkan territory of two empires, Ottoman and Austro-Hungarian, into 10 states.
この地域に関して言及するときの歴史感覚としては外せないのであろう。オーストリア・ハンガリー帝国やオスマン帝国(これは普通の日本人が思うよりかなり欧州寄りに考えたほうが良い国である)からの分裂が継続する、その最終段階であるとの意識が見える。4番目の記事のミリバンド氏のコメントもそれを示している。この種の「このユーゴ問題を終わらせる」という種類の発言は各国から共通に出てきている。
"There is a very strong head of steam building among a wide range of countries that do see this as the last piece of the Yugoslav jigsaw and don't see stability in the western Balkans being established without the aspirations of the Kosovar people being respected," Miliband said.
ちなみに国内メディアの報道であるが、意外に読売がまとまった記事を出していた。社説(参照6)は特にどうということもないが、個別の記事では、例えばこれなどはポイントをうまくまとめていると思う。(参照7)ここではロシアの主張などもちゃんと書いてあり、国際法の観点からすると全く筋が通らないわけでもないのだ。ロシアは奇妙に(国連などでの)国際法の前例に拘り、何とか建前としては正当性を主張しつつ自国の影響力を残したいという主張をする外交的伝統があるが、このコソボ問題はまさに欧州の問題であるだけにそれが典型的に見られると感じた。またスリランカが非難声明というのをワンポイントで記事にしていたりする。(参照8)まぁこれは日本とノルウェーが頑張って宥めるのであろう。他にも関連記事がいくつかあるが、感度の高いライターが一人いるのかなという印象を受けた。社説の内容を考えると、組織立ってはいなさそうだが(苦笑)
ちなみに中国へのフォローもさすがに手抜かりはないようで、今回のヒル次官補の訪中のタイミングは合わせたものであろう。確かに北朝鮮問題はないわけではないが、外交官が単独の目的で動くことは少ないし、ましてヒル氏がユーゴで実績を上げた経歴がある専門家である以上当然だろう。(参照9)ヒル氏のみならずブッシュ大統領も「特殊事例」と強調しているのはまさに長く続いたユーゴ紛争の終結としたいとの欧州諸国と共通の見解があるからであろう。
ところでNATOの状況であるが、今はアフガンにおける兵力の分担で相当の軋轢が発生している。わけても、直近のニュースとしてはドイツがアフガン南部への部隊展開を断ったというのが大きい。(参照10)ドイツの国内状況としては、若干日本にも似た屈折した議論が発生しているようだ。最初に設定された担当地域からの変更は認めないという政治勢力があるようだ。そして多くの犠牲者を出したカナダやオランダは不公平だと兵力を引くかどうかという話になっている。そしてこの状況でコソボに展開するKFOR部隊の維持を昨年12月に決定している。(参照11)もちろん役割は違うので単純な使い回しというわけではないのだろうが、政治的軋轢が続く状況では、とにかく欧州内だけでもケリをつけたいという見解がEU内に強まったとしても無理もないところであろう。ちなみに現在のKFORの各国の派遣人数はこのようになっている。(参照12)仏独伊の負担がやや重い状況だ。なおリーダー国は、比較的小国の場合は持ち回りにしているようだ。チェコなども担当していたことがある。また言うまでもないが、これらのNATO諸国は、日本が給油問題でどういう議論をしていたかは良く知っている。来日時のメルケル首相の言もキツくなろうというものである。
さて、コソボ問題での日本の立場であるが、意外に重要ではないかという気がする。他の国に独立承認を呼び掛けると、それを機会に追随する国も結構あるのではないだろうか。今回は国連を回避するかどうかという瀬戸際なのでなおさら重要である。通常の日本の外交的伝統では、時には無駄なくらい慎重に調べ上げて随分時間をかけて国家承認する手順を踏む。ところが町村氏などのコメントでは前倒しを示唆するような発言があった。かなり裏でせっつかれているのではないかと推察している。ちなみに現在セルビアへの最大援助国は日本であるはずだ。(欧米から干されているだけとも言えるが)こういう時にセルビアの顔が立つような妥協案を出すだけは出すということをしても良いだろう。EUの見解に少しのおまけがあるとか、実現時の負担の分担も怪しい言いっぱなしの内容とかでもいいのである。そこから事態が動くこともあるのだから。伝統的にフランスなどはこういうのがうまいのだが、今回はほとんど当事者であり、動きようもないだろう。
ヒル氏は20日に来日の予定と聞く。まさかさすがの日本も北朝鮮問題の話だけして終わりとは思えないが。せめてこの問題につき、うまいコメントでも用意しておいて欲しいものだ。
2007年12月30日
2007年を振り返って
この所の更新の少なさを考えると、年のまとめという意味も薄い。雑記の延長とでも思って欲しい。来年は大変な年になりそうでもあるし、多少はエントリを増やしたいところである。
・ブット元首相暗殺
年末に衝撃的なニュースが飛び込んできた。元々パキスタンの不安定な政治情勢においては安定に寄与できる人物が少なく、パキスタンのほぼ全ての人にとってマイナスの面しかないだろう。普通に考えればムシャラフ政権にとっても悪い要素でしかない。アルカイダ関与が確定したかどうかはまだ不明のようだが、いずれにせよ同様に混沌から利益を得る組織の支援で発生したと見るべきであろう。
米国の反応は予想通りである。ただ、性急に民主化を求めているという面ばかりではないだろう。パキスタンの国民の現状から生まれるリーダーとして、ムシャラフ政権はそれなりに理性的な存在とは言えないだろうか。つまり、イスラム国家としてのパキスタンへの不満を「非民主的」という言葉に置き換えている面があるのだろう。核保有国であることもあり、管理可能な状況を維持することが最優先であることは間違いない。また、パキスタン国内の混乱はしばらく継続するものという前提で各国は政策を考えないとならないだろう。それにしても、パキスタンに核武装を許したのはつくづく負の遺産となっている。イランの核武装があるとしたらそれは脅威であるが、現在のパキスタンにおける弊害はそれ以上ではないだろうか。
・ロシア情勢
世界的視野で見れば、今年から来年にかけて最も重要な変数はロシアになるであろう。政策の転換が可能かどうかというのがポイントだ。仔細に見るとプーチン政権は石油による収入を原資に工業国への転換を積極的に模索しているようだ。そのため言動はともかく外交上のリアクションは慎重である。これがより不確実性を強めるのか、理性的な路線を継続するかが注目するべきところであろう。個人的には現在のプーチン路線はある程度ロシアの現実に合っているという事情もあり、継続されるのではないかと思っている。より一層の民主化には数十年といった世代の交代が必要であろう。
・イラク情勢
米国はこれにエネルギーを取られたのだが、増派作戦が一応成功に終わったことで多少状況が好転している。ただし、最終的な秩序形成期ならではの問題は多い。米国はイラク国内の勢力が持つ軍事力を、米国内の州兵を考えるようなノリで対応するのではないかという、これまた逆方向の危険もある。その場合は中央政府の弱体化は急速に進むだろう。一体性を保持することの重要さは強いと思うが、米国が最後までその態度を保持するかどうかはやや不透明と思う。
・コソボ独立問題
名目は変化するが、現地情勢という意味では大差ないのであろう。問題は他地域への波及なのだと思われる。これは事後的な追認が順次進む種類の問題になりつつあるのではないか。
・サブプライム問題
あまり問題を単純化するわけにはいかないが、多くの企業が投資に価値がないと思っている対象に資金を提供するのは見合わないのではないだろうか。この問題では、むしろユーロとドルの関係がどうなるかに興味がある。今のところユーロはうまくやってはいる。後は、中長期的な経済成長が続くことを確信させないとならないが、それは少々時間のかかる話になりそうだ。私の個人的な考えでは、長期ならやはりドルだと思っているが。
・日米関係
北朝鮮問題での微妙なずれから小泉政権下での蜜月は遠い過去となっている感がある。しかしこれはある程度予期されたものでもある。日本は結局どうしたいのだろうか。これまでの経過を見ると、拉致問題の解決には金正日体制の崩壊しか無いように思われる。早い時期に朝鮮半島の統一といった結果を望むのだろうか。それとも、例えば5年後以降といった未来まで先延ばしせねばならないと考えているのだろうか。あるいは主張を継続するだけで自国がこれ以上の負担は背負わないとするのだろうか。結局それは日本国民の選択であるのだが、解決は望むがそのための軍事的負担は望まないというのがマジョリティではないだろうか。だとしたら誰もが不愉快な関与政策は一定の正当性があるとも言える。もちろん外交で解決する可能性がないわけではない。しかしそれは短期的には難しく、長期的にも確率の低い事であるというのを政治家は率直に語るべきなのだろう。
これは間接的にも日米関係に影響している。自国の国民に関連することすら率直に議論することを避けている国と、安全保障上の重要な政策を共有するのは困難であろう。それ故短期的には純粋に軍事的合理性の観点からの協力で関係を繋いでおくのが良いだろう。時間稼ぎをして日米双方の国内事情の好転を待つというところだ。そのためにもインド洋への自衛艦派遣は適切なのだろうと思う。MDへの関与などもあるが、米国向けのミサイルの撃墜は難しいなどと言っては逆効果である。つくづく頭の痛いところである。
・日本の若年雇用問題、ベーシックインカム論
「『丸山眞男』をひっぱたきたい」という論文が「論座」に掲載され、かなりの反響を呼んだ。私もあれはある側面から鋭く若年層の本音の一部を表現していると考えていた。ただその後の各界の著名人の反応は首をかしげるものばかりであった。この論文に対する反応として最も鋭いのはessa氏のこのエントリであろう。(ちなみに私も読み始めるまでアンカテ氏と同じように勘違いをして、やられたと思った。その勘違いすら想定しているかもしれない秀逸なタイトルである)要は、自分が普通に街角で出会う人々にひっぱたかれる対象であるという自覚が反論している多くの人に足りないのである。とはいうものの、日本の現状を変えるのは非常に難しい。日本企業の雇用慣行は極端に新卒重視である。悪い事に、なまじ大学卒業時点までの知的研鑽の結果はあまり重視されず、その結果がストレートに雇用に反映されない。それよりその年の景気の良し悪しのほうがはるかに大きなファクターとなる。そしてそれまでは階級社会を感じることはなく学歴の前で人々は「平等」だったのである。また知的労働者の中途雇用において、欧米のそれのように人脈での補完があるというわけでもなく、雇用の絶対量が不足している。個々の日本人が取れる対策としては、異なる雇用慣行を持つ外国で就職することくらいしかないだろう。(外資系では駄目である)しかし多くの日本人はこれを嫌がるのである。
積極的な解決策は難しいとして、緩和策としてベーシックインカムのような政策が模索されるかもしれない。現在の自民・民主両党の議員の一部が提唱する新時代のバラマキは、結果としてそのような路線に収斂する可能性があるだろう。(ちなみにベーシック・インカムはすべての人間に一定額の現金を支給するという政策だが、これを理解する入門書としては「自由と保障」が有名である。欧州の知的左派の論説として、内容に賛否はあるが考え方の手引として有用である。なお上記のessa氏のページで関連するエントリは過去に多数あるので参照するのも良いと思う)ただし、新時代の左派が模索するこの手法は政治的に障害が大きいだけではなく、政党間での思惑の違いが事後的に摩擦を生みやすいかもしれない。右派は結果として「金を配った後の自己責任」を強調するだろう。この政策ではかなりの公共的な機関は解体されるか機能を縮小しているのでそれ以上面倒のみようがない。それは組織による集合主義的な福祉への要求に応えられないという意味で、元々の左派勢力の思惑とはずれてくる。若者に現金を渡さないことには国内需要が増大しない以上、何らかの模索は継続すると思うが。
ともあれ、この格差問題は雇用という問題と直結しているだけに長期化して解決も難しい困難な問題である。「希望は、戦争」という考え方はそのまま実現するわけではないかもしれない。しかし、不健康な未来を想像することは容易である。民主主義においては物事が多数決で決定する以上、氷河期世代である第二次ベビーブーマーの投票率が増大し、それが何らかの要因で団塊世代のような人口の多い世代と選挙の投票結果としては一致し、政治家がメッセージを読み違えた場合はどうなるだろうか。より若い世代に対して団塊世代の身代り的に負担を押し付ける選択をするかもしれない。第二次大戦前にはある程度そうなった。それはある程度第一次大戦期に特需で儲けた世代を羨んだ結果でもあった。それが軍事的な側面を持たないかもしれないが、上記の赤木氏の論説は、そういう社会の危機を我々に警告したという意味で、良心的なものであったと言えないだろうか。
なお蛇足もいい所であるが、この赤木氏の論説に対し、「これだけの文章が書けるなら職もあるだろう」というような反応をするのが的外れの見本であることは言うまでもない。そういう人に職が少ないのが現在の課題であるからだ。しかしながら、学歴の高い人間の割合が低かった世代は未だそういう反応をする人もいる。問題の本質はそのギャップであるのだが、解消は本当に難しい。まぁ、赤木氏自身は結果としてそうなったのかもしれないが。
・ブット元首相暗殺
年末に衝撃的なニュースが飛び込んできた。元々パキスタンの不安定な政治情勢においては安定に寄与できる人物が少なく、パキスタンのほぼ全ての人にとってマイナスの面しかないだろう。普通に考えればムシャラフ政権にとっても悪い要素でしかない。アルカイダ関与が確定したかどうかはまだ不明のようだが、いずれにせよ同様に混沌から利益を得る組織の支援で発生したと見るべきであろう。
米国の反応は予想通りである。ただ、性急に民主化を求めているという面ばかりではないだろう。パキスタンの国民の現状から生まれるリーダーとして、ムシャラフ政権はそれなりに理性的な存在とは言えないだろうか。つまり、イスラム国家としてのパキスタンへの不満を「非民主的」という言葉に置き換えている面があるのだろう。核保有国であることもあり、管理可能な状況を維持することが最優先であることは間違いない。また、パキスタン国内の混乱はしばらく継続するものという前提で各国は政策を考えないとならないだろう。それにしても、パキスタンに核武装を許したのはつくづく負の遺産となっている。イランの核武装があるとしたらそれは脅威であるが、現在のパキスタンにおける弊害はそれ以上ではないだろうか。
・ロシア情勢
世界的視野で見れば、今年から来年にかけて最も重要な変数はロシアになるであろう。政策の転換が可能かどうかというのがポイントだ。仔細に見るとプーチン政権は石油による収入を原資に工業国への転換を積極的に模索しているようだ。そのため言動はともかく外交上のリアクションは慎重である。これがより不確実性を強めるのか、理性的な路線を継続するかが注目するべきところであろう。個人的には現在のプーチン路線はある程度ロシアの現実に合っているという事情もあり、継続されるのではないかと思っている。より一層の民主化には数十年といった世代の交代が必要であろう。
・イラク情勢
米国はこれにエネルギーを取られたのだが、増派作戦が一応成功に終わったことで多少状況が好転している。ただし、最終的な秩序形成期ならではの問題は多い。米国はイラク国内の勢力が持つ軍事力を、米国内の州兵を考えるようなノリで対応するのではないかという、これまた逆方向の危険もある。その場合は中央政府の弱体化は急速に進むだろう。一体性を保持することの重要さは強いと思うが、米国が最後までその態度を保持するかどうかはやや不透明と思う。
・コソボ独立問題
名目は変化するが、現地情勢という意味では大差ないのであろう。問題は他地域への波及なのだと思われる。これは事後的な追認が順次進む種類の問題になりつつあるのではないか。
・サブプライム問題
あまり問題を単純化するわけにはいかないが、多くの企業が投資に価値がないと思っている対象に資金を提供するのは見合わないのではないだろうか。この問題では、むしろユーロとドルの関係がどうなるかに興味がある。今のところユーロはうまくやってはいる。後は、中長期的な経済成長が続くことを確信させないとならないが、それは少々時間のかかる話になりそうだ。私の個人的な考えでは、長期ならやはりドルだと思っているが。
・日米関係
北朝鮮問題での微妙なずれから小泉政権下での蜜月は遠い過去となっている感がある。しかしこれはある程度予期されたものでもある。日本は結局どうしたいのだろうか。これまでの経過を見ると、拉致問題の解決には金正日体制の崩壊しか無いように思われる。早い時期に朝鮮半島の統一といった結果を望むのだろうか。それとも、例えば5年後以降といった未来まで先延ばしせねばならないと考えているのだろうか。あるいは主張を継続するだけで自国がこれ以上の負担は背負わないとするのだろうか。結局それは日本国民の選択であるのだが、解決は望むがそのための軍事的負担は望まないというのがマジョリティではないだろうか。だとしたら誰もが不愉快な関与政策は一定の正当性があるとも言える。もちろん外交で解決する可能性がないわけではない。しかしそれは短期的には難しく、長期的にも確率の低い事であるというのを政治家は率直に語るべきなのだろう。
これは間接的にも日米関係に影響している。自国の国民に関連することすら率直に議論することを避けている国と、安全保障上の重要な政策を共有するのは困難であろう。それ故短期的には純粋に軍事的合理性の観点からの協力で関係を繋いでおくのが良いだろう。時間稼ぎをして日米双方の国内事情の好転を待つというところだ。そのためにもインド洋への自衛艦派遣は適切なのだろうと思う。MDへの関与などもあるが、米国向けのミサイルの撃墜は難しいなどと言っては逆効果である。つくづく頭の痛いところである。
・日本の若年雇用問題、ベーシックインカム論
「『丸山眞男』をひっぱたきたい」という論文が「論座」に掲載され、かなりの反響を呼んだ。私もあれはある側面から鋭く若年層の本音の一部を表現していると考えていた。ただその後の各界の著名人の反応は首をかしげるものばかりであった。この論文に対する反応として最も鋭いのはessa氏のこのエントリであろう。(ちなみに私も読み始めるまでアンカテ氏と同じように勘違いをして、やられたと思った。その勘違いすら想定しているかもしれない秀逸なタイトルである)要は、自分が普通に街角で出会う人々にひっぱたかれる対象であるという自覚が反論している多くの人に足りないのである。とはいうものの、日本の現状を変えるのは非常に難しい。日本企業の雇用慣行は極端に新卒重視である。悪い事に、なまじ大学卒業時点までの知的研鑽の結果はあまり重視されず、その結果がストレートに雇用に反映されない。それよりその年の景気の良し悪しのほうがはるかに大きなファクターとなる。そしてそれまでは階級社会を感じることはなく学歴の前で人々は「平等」だったのである。また知的労働者の中途雇用において、欧米のそれのように人脈での補完があるというわけでもなく、雇用の絶対量が不足している。個々の日本人が取れる対策としては、異なる雇用慣行を持つ外国で就職することくらいしかないだろう。(外資系では駄目である)しかし多くの日本人はこれを嫌がるのである。
積極的な解決策は難しいとして、緩和策としてベーシックインカムのような政策が模索されるかもしれない。現在の自民・民主両党の議員の一部が提唱する新時代のバラマキは、結果としてそのような路線に収斂する可能性があるだろう。(ちなみにベーシック・インカムはすべての人間に一定額の現金を支給するという政策だが、これを理解する入門書としては「自由と保障」が有名である。欧州の知的左派の論説として、内容に賛否はあるが考え方の手引として有用である。なお上記のessa氏のページで関連するエントリは過去に多数あるので参照するのも良いと思う)ただし、新時代の左派が模索するこの手法は政治的に障害が大きいだけではなく、政党間での思惑の違いが事後的に摩擦を生みやすいかもしれない。右派は結果として「金を配った後の自己責任」を強調するだろう。この政策ではかなりの公共的な機関は解体されるか機能を縮小しているのでそれ以上面倒のみようがない。それは組織による集合主義的な福祉への要求に応えられないという意味で、元々の左派勢力の思惑とはずれてくる。若者に現金を渡さないことには国内需要が増大しない以上、何らかの模索は継続すると思うが。
ともあれ、この格差問題は雇用という問題と直結しているだけに長期化して解決も難しい困難な問題である。「希望は、戦争」という考え方はそのまま実現するわけではないかもしれない。しかし、不健康な未来を想像することは容易である。民主主義においては物事が多数決で決定する以上、氷河期世代である第二次ベビーブーマーの投票率が増大し、それが何らかの要因で団塊世代のような人口の多い世代と選挙の投票結果としては一致し、政治家がメッセージを読み違えた場合はどうなるだろうか。より若い世代に対して団塊世代の身代り的に負担を押し付ける選択をするかもしれない。第二次大戦前にはある程度そうなった。それはある程度第一次大戦期に特需で儲けた世代を羨んだ結果でもあった。それが軍事的な側面を持たないかもしれないが、上記の赤木氏の論説は、そういう社会の危機を我々に警告したという意味で、良心的なものであったと言えないだろうか。
なお蛇足もいい所であるが、この赤木氏の論説に対し、「これだけの文章が書けるなら職もあるだろう」というような反応をするのが的外れの見本であることは言うまでもない。そういう人に職が少ないのが現在の課題であるからだ。しかしながら、学歴の高い人間の割合が低かった世代は未だそういう反応をする人もいる。問題の本質はそのギャップであるのだが、解消は本当に難しい。まぁ、赤木氏自身は結果としてそうなったのかもしれないが。